第38話 エイトウーマン写真展2022③〜桃尻かなめは会場のみんなにお菓子を配る〜
11月9日(水) 2日目
全力で頑張れるのは両親のおかげ
閉場後、社長と山中さんと私でご飯を食べにいった。夜の<今日を振り返る会>である。
「今日カレンダーむっちゃ売ってたよね!?控室おったけど、むっちゃ聞こえてきてた。西田さんもびっくりしてたわ。『かんなちゃん、むちゃくちゃカレンダー売ってない?』って。昨日の今日でそんなに変われるもんなん?俺もびっくりした。もう喋り方が悪徳業者みたいになってたやん。客は『買わへん』って言ってるのにぐいぐい迫ってたもんね。いやすごいわ。これは才能やで」
社長が言った。社長も西田さんも気付いてくれていたことは嬉しかった。「少し強引ですが、こんな感じで問題ないですか?」と私は聞いた。
「問題ない。そのままいったらいい。失敗したっていいんやから。いつも全力で頑張ってたら、ほんまにあかんってなった時、必ず周りが助けてくれる。
今日、葵つかさはあなたがカレンダーを一生懸命売ってるのを、控室で聞いてて、『売った分だけかんなちゃんのギャラになるんやんな?』ってちょっと心配してた。彼女は信じられへんねん。選ばれてない女優が選ばれてる女優の写真展を手伝って、自分の載ってないカレンダーを一生懸命売ってることが」
私はどんな気持ちでカレンダーを売っていただろう。とても優等生なことを言うが、エイトウーマンに選ばれていない、自分がカレンダーに載っていない、なんてことは頭になかった。カレンダーを売ることだけにただ集中していた。
けれど心の奥で、”一生懸命やってたら、きっといいことあるはず!”と言い聞かせていたように思う。
「一生懸命やれるかどうかは、子供時代の育った環境が影響してると思うねん。親に愛情をもらって育った子は、親を信じることができたから、大人になっても人を信じれるようになるねん。親が味方でいてくれる経験をしてきた子は、大人になっても全力で何かを頑張れるねん。頑張ることを疑う概念すらない。”騙されるかもしれない”と思いながら一生懸命に何かをやることなんてできないよ」
社長は言った。
11月10日(木) 3日目
葬式の参列者=人望の数
写真展会場へ行くと、受付に小さなヒーターが置いてあった。
「足元冷えるでしょ。これ使ってね。まだちゃんと動くかな」
西田さんが自宅のヒーターをわざわざ持って来てくれたのだ。
高校の頃、私の友人がこんなことを言っていた。
「お葬式の参列者の数って、その人の人望の数やと思うねん。やから私はお葬式に人をたくさんこさせるのが目標やねんなー」
当時は「はぁ?死んでもうたら参列者の数なんてわからんやん」と笑っていたが、大人になってから、あの子の言ったことをたまに思い出す。
おそらく西田さんのお葬式にはたくさんの人が来るのだろう。現にこの写真展には西田さんを訪ねて、たくさんの人がやって来ている。まあ、お葬式はまだまだ先の出来事であってほしいが。
この日も私は張り切ってカレンダーを売っていた。写真展も3日目なので少し気持ちにも余裕が出てきた。
「かんなちゃん、お菓子あるよ。上等そうなどら焼き」
西田さんがそう言ってどら焼きをくれた。ずっしり重く、”本日中にお召し上がりください”と書いてある上等などら焼きである。
写真展では大量の差し入れをもらう。西田さん宛だったり、女優さん宛だったり。3日目にして控え室は百貨店のデパ地下のようになっていた。
西田さんからもらったどら焼きを早速食べようと、控え室に下がると、社長も何かをもぐもぐしていた。
「何食べてるんですか?」
「なんかわからん」
なんかわからんて・・・。
「とりあえず、もらったやつは味見しとこうと思って」
社長はあまり食に興味がない。以前、社長と喫茶店に行った時、社長は『黒糖ミルクのタピオカドリンク』を飲んでいた。「タピオカが好きなんですか?」と聞くと「流行ってるから味見しとこうと思って」という理由だった。まだタピオカって流行ってるのかな・・・?
何となくだが、社長のお葬式にもたくさんの人がやってくると思う。少なくとも私は香典を多めに包みますよ。
桃尻かなめはお菓子を配って、ファンの写真を撮る
この日の在廊女優は『桃尻かなめさん』。控え室に入った桃ちゃんに私は挨拶をした。
「かんなちゃん、お疲れ様〜。今日はよろしくお願いします。桃尻かなめです〜」
桃ちゃんは全身からアルファ波を放てる人なのだろうか。彼女の周りだけ1分が80秒あるのではと思わせるくらい、桃ちゃんは空気を穏やかにさせる人だった。
<桃ちゃん癒しエピソードその①〜ファンにお菓子を配る〜>
桃ちゃんは控え室にたくさんあるお菓子を、会場にいるファンに配って回った。もちろんファンは大喜びの大騒ぎだ。会場のみんなの顔は緩んでいた。私は桃ちゃんの写真を撮るのも忘れて、ぼーっと魅入っていた。癒しの動物動画を見ているかのような、ポカポカした気分にさせられた。
<桃ちゃん癒しエピソードその②〜桃ちゃんがファンの写真を撮る〜>
ある男性客が桃ちゃんに声をかけた。
「あの・・・一緒に写真撮ってもらえませんか?」
女優と写真を撮るためには、写真作品を購入しなければならない。その男性は写真作品を購入していないので、桃ちゃんと写真を撮ることはできない。しかし桃ちゃんは決してファンをがっかりさせない。
「ごめんなさい、それはダメなんです。でもじゃあ、私が撮ってあげるよ!」
"なんだと!?"その男性然り、周りにいた山中さんも私も一瞬呆気に取られた。
「え!じゃ、じゃあお願いします」
男性は嬉しそうに桃ちゃんに写真を撮ってもらっていた。それを見ていた山中さんは「さすがやな」と呟いていた。
桃尻かなめ、最高!
もし<エイトウーマン癒しランキング>を決めるなら、彼女がナンバーワンで間違いなしだ。
やり続けたら失敗は失敗じゃなくなる
閉場後は恒例の<今日を振り返る会>。この日社長は、桃ちゃんのことを教えてくれた。
「桃尻かなめはな、絵がむっちゃ上手やねん。やから『漫画描いてみたら?』って一回言ったことがある」
「その漫画、どうなったんですか?」
「きっと描いてない。彼女も『いいですねー』って言ってたけど、それっきり。せっかく能力持ってるのにもったいないよね。でも彼女にその気がないなら、仕方がない」
こういうのってな、失敗してもいいねん。できるかどうか分からなくても、とりあえずチャレンジすることが大事やねん。チャレンジして上手くいけばそれは素晴らしいけど、失敗したら原因を改善して、次に挑戦できるやろ。上手くいくまでやり続ければ、失敗は失敗でなくなるねん。やり続けることが大事。そう思うと成功するより、失敗した方がいいのかもしれない。
藤かんながカレンダー売ったのだってそうやん。俺は別にカレンダーが売れることは期待してなかった。藤かんなだからできることをやってほしかったから、例えとして『カレンダーを売ってみたら?』って言った。それをあなたはチャレンジした。初めは上手く売れへんかったかもしれへんけど、最終的にちゃんと売れた。これってすごいことやねん」
明日は『つばさ舞さん』がやってくる!唯一会ったことのある女優さんだ。