第8話 奇跡のグラビア撮影 後半
奇跡の”白鳥”との出会い
私は、真っ赤な服を着させてもらい、外に出た。天気は快晴。12月も下旬だったが、その日はあまり寒くなかった。
"私、ついてる"
洋館近くに小さな湖があり、まずそこで撮ることになった。湖へ行くまでの間、西田さんは色々な角度方向から、私の写真を撮った。昔、家族で出かけると、父があちこち動き回り、写真を撮っていたことを思い出した。
湖に到着し、私たちはある生き物に遭遇する。なんと『白鳥』がいたのだ。バレエで白鳥を演じることはあっても、実物は初めて見た。想像より大きくて、少し怖いくらいだった。
"白鳥なんて、どうやって準備したんだろ。なんかすごくお金かけてもらってるな"と思った。
この白鳥たちは、今日の撮影のために、西田さん、もしくは小学館の二宮さんが準備してくれたと思っていたのだ。だってみんなは白鳥を見ても、ちっとも驚いていなかったし、西田さんなんて、どこからかパンを取り出し、白鳥にあげてたから。
しかし後から話を聞くと、この白鳥は渡鳥として、たまたまこの湖に来ていただけだった。しかもここに白鳥がいるのは2週間程度らしい。私は震えた。
"そんな奇跡みたいなことってある?私、ついてる"
意地で頑張ったバレエの撮影
白鳥との共演を撮ってもらった後は、洋館の中で撮影した。
「ちょっと先に、踊ってるところ撮ろうか」
初めてのグラビア撮影、私の表情はやはり硬かったらしい。その緊張をほぐすためにも、西田さんがそう提案してくれた。
白いレオタードと、白いチュチュを着させてもらい、自前のトウシューズ(つま先で立つためのシューズ)を履いた。
「いきなり飛んだり回ったりできないと思うので、少し準備運動してもいいですか?」
私は聞いた。普段、トウシューズをはいて踊る前には、少なくとも1時間くらい準備運動をする。筋肉を起こして、軸を整えるためだ。
「うんうん。その様子も撮るから、ぜひやって」
西田さんはそう言ってくれた。
準備運動はあまり十分にできなかった。撮られていたから、というのもあるが、準備運動にどのくらい時間をかけていいのか分からなくて、変に気が急いてしまった。聞けばよかったのに。
しばらく、私が柔軟したり、つま先を伸ばしている写真を撮ると、西田さんは言った。
「じゃあ、あのバレエっぽいのできる?一直線に飛ぶやつとか、コマみたいに回るやつとか。あ、怪我しないように、無理はしないで」
無理はしないでと言われて、私の負けん気に火がついた。
”いえ、意地でも飛びますよ!回り続けますよ!バレリーナなんで!”
私は昔にバレエの先生から言われたことを思い出していた。
「たとえ前日に親が死んでも、舞台当日つま先が血だらけになっていても、バレリーナは笑顔で舞台に立たなければいけないのよ。だって観客にはそんなの関係ないんだもの」
準備運動不足や緊張なんて、写真を見てくれる人にとっては関係ないのだ。ならば私は、何としてでも、いい写真を撮ってもらわなければならない。
私は何度も飛んで、何度も回った。最高の1枚を撮ってもらうために。途中、撮ってもらった写真を、パソコン上で確認した。バレエの技術的には"まだまだだな"と反省したが、西田さんの撮った写真は、本当に綺麗だった。私はカメラには詳しくないが、アングルや光の感じがとても美しくて、全てに品があった。そして、自分が綺麗に写っていることに、驚き、嬉しかった。
自分のバレエにちょっぴり自信がついた
私が飛んだり回ったりしているのを見て、リンさんとカンさんが言った。
「本物は違うねー。全てが美しいね」
私はハッとした。
私より上手なバレリーナは山ほどいる。だから私は自分のバレエに、あまり自信を待てていなかった。"私レベルのバレエを、公の雑誌に、しかもグラビアとして載せて、もしバレエのプロが見たら何を思うだろう"と、正直怯えていた。
でもこれは、自分が今いる小さい世界だけを見て、怯えていたんだと気付いた。私よりすごいバレリーナはもちろんたくさんいる。けれどそれよりも、世の中にはバレエに馴染みのない人の方がたくさんいて、その人たちが私のバレエを見たら「何がいいかは分からないけど、なんかすごい!」と感動してくれるのかもしれない。そう思った。
"私がバレエでグラビアに出ることで、私にしかできない新しい何かができたらいいな"。
そんなことを思った瞬間だった。
そしてこの日こうして、私のバレエを『本物』と言ってもらえたことは、今現在の私の自信に繋がっている。
初めての全裸ヌード撮影
ひとしきり踊った後、私は脱いだ。恥ずかしさや抵抗感は全くなく、むしろ心地良かった。
日の出が見られて、お天気はよくて、奇跡の白鳥がいて、綺麗にメイクしてもらって、綺麗な服も着させてもらって、そして私にだけカメラが向けられている。今日、私は主役だった。そして全てから祝福されている、ような気がした。
"今日ここへ来られてよかった"と、体中に温かいものが満ちた。ありきたりな言葉しか見つからないけれど、ここに導いてくれた社長を始め、この日、私を主役にしてくれた皆さんに、全力で『感謝』した。
日没とともに撮影は終了。帰り支度をしている時に、撮影の繋ぎとして用意されていた、パンやお菓子を持って帰っていいと言われた。
私がうきうきして選んでいると、西田さんがやって来て、
「お疲れ様。ほら、これも持って帰りなよ」
と、ペットボトルのお茶についていた、おまけのキーホルダーをくれた。『お〜○、お茶』のミニチュアキーホルダーだった。
"今日の記念品、いや、戦利品だな"
そう思って、西田さんから受け取ったキーボルダーを自分のリュックにつけた。
東京駅まで送ってもらい、私は首が取れそうなほど、皆さんにお礼を言い、バスを降りた。降り際、西田さんが、
「頑張って」
と、ぎゅっと握手をしながら言ってくれた。
"またいつか西田さんや、みんなに会いたいな"。そう強く思った。そして願わくばもう一度写真を撮ってほしい。
帰りの新幹線で、濃厚だった今日1日を振り返った。「私がバレエをしているから、西田さんが『白鳥の湖』をイメージした写真を撮ろうとしてくれて、そしたら現場には白鳥がいて・・・。やっぱり出来過ぎてるよね。今日は奇跡のグラビア撮影だったな。私、ついてる」と。
そして首がもげそうなほど爆睡し、私は日常へ戻っていった。