第118話 藤かんな東京日記〜AVを会社にバラした犯人が判明する〜
犯人が分かった。
私がAV女優だと、会社にチクった犯人が。
白川さんに犯人の名を問いただす
今から2年前の2022年、7月。私はAV出演をしたことがバレて会社をクビになった。表向きは、副業禁止の会社で副業をしたという規則違反で、自主退職した。
AVのことを会社にチクった犯人が誰かは、1年ほど前に分かっていた。
ではなぜ、今更そのことを書いているのかというと、最近、ある映画を観たからだ。
———『ボヘミアンラプソディ』
世界的人気ロックバンド『クイーン』のボーカル、フレディ・マーキュリーの半生を描いた伝記映画だ。
2018年に全国上映され、私は上映開始後すぐに映画館に観に行った。ラストシーンでは大泣きし、パンフレットも買った。さらにはブルーレイまでも買うくらい心震わされた映画だった。
だが今に至るまで、この映画を2度と観ることはなかった。
なぜか。
思い出すのも忌々しくて、観る気になれない理由があった。
———会社にAVをチクった犯人と、一緒に観た映画だったからだ。
犯人が分かったのは、私が上京する前。会社をクビになってから1年経った2023年の8月某日のことだ。
元会社の先輩である白川さんと、某焼き鳥チェーン店で食事をしていた。彼女とは会社を辞めてからも2、3ヶ月に1度くらいの頻度で会い、お互いの近況報告をしていた。白川さんは拙著『はだかの白鳥』に登場するキーウーマンなので、併せて読んでほしい。
この日もいつも通り、お互いの近況を話していた。私はXが炎上してバレエ講師を辞めることになったこと。白川さんは、その炎上で社内のほとんどが、私がAV女優であると知ったこと、などなど。
会社にバレたショックやX炎上のダメージは、すでに喉元を過ぎて熱さを忘れていた。ただ1つだけ、ずっと喉元に引っかかっているものがあった。
——私がAV女優だと会社にチクった犯人は誰なのか。
AVがバレて上司に呼び出された時、誰が報告したのかは教えてもらえなかった。もちろん報告者が私に直接、伝えてくることもなかった。犯人はこっそりと上司に密告したのだ。
——情報通な白川さんならば、知っているかもしれない。
聞きたくない気もした。一緒に働いてきた同僚に、そんなチンケな奴がいるなんて、思いたくなかったからだ。しかし迷ったときは勇気のいる方を選ぶのが正解。私は意を決して聞いた。
「AVのこと、会社にチクったのは誰か、知ってますか?」
さっきまでの和やかな空気がよどみ、白川さんは焼き鳥の串をもつ手を止めた。
これは、知っているな。
彼女は焼き鳥を皿に置き、私を見た。
「Tさんですか? Hさんですか? もしかして、Mさん?」
私は澱んだ空気に我慢できず、思いつく社員の名前を挙げた。
「いや。その人らは、ちゃうねん・・・・・・」
白川さんは目を逸らして、ジョッキに入った烏龍茶を飲んだ。
「もう時効やんな———」
彼女は少し悲しそうな、寂しそうな目をして、犯人の名を言った。
犯人の名前が明かされる
「———黒岩さんやで」
「そこか・・・・・・」
意外だった。そしてショックだった。
黒岩さんは8つ年上の男の先輩で、私が新入社員の時から、同じ部署で働いていた。遅くまで一緒に残業したこともあった。一緒に出張も行った。打ち上げの場で半強制的に酒を飲まされ、彼に悪絡みしたこともあった。仕事を評価されないことが悔しくて、彼の前で泣いたこともあった。毎日のように顔を合わせ、会ったら必ず挨拶をする。2人で食事に行ったこともあれば、映画だって観に行った。
ただ彼は表面的な愛想を振りまくが、裏では皮肉や悪口を言う、陰湿なところがあった。そしてそんな自分を良しとしていたし、人にわざと嫌われようとしている節もあったように思う。
私とは仕事仲間だから距離が近かっただけで、心の距離が近かったわけではないだろう。でも、私に直接言ってもいいくらいの、信頼関係はあったのではなかろうか。私はそう思っていた。だからこそ、悲しかった。
「黒岩さんな、彩ちゃんがAV出てるって知った時、色々考えたんやって。それですごく悩んだって」
白川さんは言う。彼女にとっても黒岩さんは同じ部署の先輩であり、2人は付き合っているのでは、と社内で噂されるくらい仲が良かった。
「黒岩さん言ってた。AVやるやらないは、どっちでも良い。副業で摘発されるかもしらんけど、他にも副業してる社員おるから、それもどうでも良い。ただAVやったまま会社に居続けると、何が起きるか、あの子はわかってないと思うねんな」
黒岩さんは淡々と白川さんに言ったらしい。私の頭の中ではクールにスカした彼の顔が浮かぶ。
「水面下でバラされて、本名をネットに書き込まれる可能性だってある。誇張した噂を立てられて、あの子が嫌な思いをするかもしれへん。きっとそんなリスクを何も考えずに、AVに出たんやろう。だから、上司に知らせておくことが、あの子のためやと思ってん———そう言ってたわ」
意味わからへん。
本名バラされるのがなんやねん。何も考えずにAV出た? これがあの子のため? 舐め腐るのもいい加減にしろよ。
ただその時は「黒岩さんを煩わせてしまったようで、申し訳ないです」と白川さんに言っていた。でも1つだけ、どうしても引っかかることがある。
「なんで黒岩さんは、私に直接言ってくれなかったんでしょう」
そうやなあ、と白川さんは頭をかしげる。
「わからんけど、セクハラとか心配したかもな。黒岩さん、クールを装ってて、実はナイーブやん。面倒に巻き込まれたくないとか、AV見たと思われるのが恥ずいとか、色んな感情があったんちゃうかな」
人間の言動の裏には多くの感情が織り混ざっていて、1つの理由で説明できるものはない。だがこの時、私は思った。
———黒岩さんのこと、一生許さない。
一生というのは言い過ぎた。正確には
「3年間は許さない」。
怒りからの感謝、これぞ復讐
エイトマン社長がよく言う。
「怒りは1番のエネルギー。屈辱的な思いをさせられた奴に復讐する。俺はそれでずっとやってきた。でもその怒りは3年間まで。その後は感謝する」
3年後、相手を見返させるだけの結果をつくって、そいつに会いに行くねん。と、社長は続ける。
「〇〇さんが僕に屈辱を味わわせてくれたおかげで、僕はこれだけの結果を残すことができました。ありがとうございます! そう言って、思いっきり頭下げるねん。これが究極の復讐」
相手からしたら、絶対怖いよね。と社長は笑う。
「だから怒りのエネルギーを使って、3年以内に結果を出さなあかん。こうやって復讐の相手と、3年までって目標を明確にすることで、どんどん前に進める」——
私が会社を辞めて2年が経った。だからあと1年は黒岩さんのことを許さない。『ボヘミアンラプソディ』を観て、改めて彼への怒りが蘇ってきた。そのエネルギーのおかげで、またこうして新しい記事を書いている。
1年後、黒岩さんに会いたくはないが、感謝できるようになっている確信はある。黒岩さんと白川さんと私の3人で、会って話をするのも面白いかもしれない。その時は社長にも同席してもらおう。いつもクールを装ってスカした黒岩さんでも、AV事務所の社長が来たら、さすがにビビるかもしらん。
『はだかの白鳥』のアフターストーリーは、まだまだ続く。