見出し画像

第117話 藤かんな東京日記〜AVがバレてクビになった会社の先輩と、1年ぶりに再会する〜

 ひどく虚しい気分だ。 

 2024年8月25日、15時。容赦ない日差しと、アスファルトからの熱気に挟まれながら、麻布十番駅付近を当てもなく歩いていた。
 用事がないのなら、とっとと家に帰れば良い。だがまっすぐ家に帰るのはもっと虚しい・・・・・・。


約束〜意を決して連絡をする

 この気持ちになる1時間前、麻布十番の焼肉屋で、AV女優になる前に勤めていた会社の先輩とランチをした。
 彼女は川島さんといい、再会は約1年ぶり。20歳ほど年上の先輩で、会社員だった頃は、よく一緒に食事に行ったり、旅行をしたり、仲が良かった。
 ちなみに、noteの第104話に登場する、一緒に沖縄旅行をした先輩、とは彼女のことだ。(文末リンク参照)

 会社を辞めた時、川島さんにはAV女優になったことを伝えておらず、「モデルの仕事とバレエの講師をする」と、伝えていた。彼女も「フリーで頑張るってこと!? すごいやん!」と応援してくれた。
 その1年後、AV女優の私がバレエ講師をしている件で、Xが炎上した。それ以来、川島さんとは疎遠になった。

 私から距離をとったのだ。

 Xの炎上で、元いた会社の社員のほとんどは、私がAV女優になったことを知ったらしい。ならば、きっと川島さんの耳にも入っただろう。私の本当の仕事を知って、何を思っただろうか。想像すると、川島さんに会う勇気がなくなった。

 しかし今年の正月、川島さんから久々にラインが届いた。
「あけましておめでとう」
 その後には、こう添えられていた。
「色々あったのだろうと推測しとるよ。また、会える日を楽しみにしてるね」
 ああ、川島さんはやっぱり、私の仕事のことを知ったんだな。
 そう感じた。「また、会える日を楽しみにしてるね」と言ってくれたことは嬉しかったが、やはり会う勇気は出なかった。

 2024年の5月、初著書『はだかの白鳥』、初写真集『白鳥、翔ぶ』が出版された。これは私に自信と勇気を与えた。
 8月某日、川島さんの誕生日をきっかけに、意を決してLINEを送った。
「お誕生日おめでとうございます!」
 すぐに「ありがとうございます」と、ベイマックスのようなスタンプが返ってきた。
「連絡くれてありがとう」
 そう追加で送られてきた。

 その後、ご飯に行くことが決まり、8月25日の14時、麻布十番の焼肉屋でランチをすることになった。

再会〜AVの仕事を受け入れてくれたんだ

 約束の10分前に店の前に着いた。
 滝のような汗をかいている。しかし手先はひどく冷たく、軽い目眩も。熱中症ではない。緊張だ。
 店前の影に入って待っていると、3メートル先に、黒の日傘をさして、緑のワンピースを着た女性が、手を振って歩いてくる。川島さんだ。私が手を振り返すと、
「ひっさしぶりー! 元気ー!?」
 大きな声が返ってきた。

 川島さんの態度は全く変わっていない。安心した反面、少しの罪悪感に苛まれる。
「川島さん、連絡しなくてすいませんでした。それとずっと仕事のこと、黙っててすいませんでした」
 彼女は「そんなん全然良いよー」と言いながら、メニューを開く。カラッとした笑顔に、少し拍子抜けした。
 お互いハラミ定食を注文をし、川島さんの仕事の話や、会社のこと、最近の健康状態などを聞きながら、久々の再会を楽しんだ。

 ランチの半分ほどを食べた頃、
「今もモデルの仕事してるん?」
 川島さんが切り出した。次は私が話す番だ。仕事の話を誤魔化すことなくできるのは、嬉しくもあり、少し怖くもあった。
「そうなんです。バレエ講師は、Xの炎上を機に辞めたんですけど———」
 川島さんは「そうなんや」と感情の読めない顔。
「毎日、神保町に行ってんの?」
 神保町?
 返答に困っていると、「職場、神保町なんやろ?」と川島さん。
 職場? 神保町?
 お世話になっている出版社は神保町だが、滅多に行くことはない。AV撮影も神保町でやることはないし、どういうことだ・・・・・・

 あ、分かった。
 エイトマンの東京支社が神保町にある。

 おそらく川島さんは、藤かんなをネットで調べて、所属事務所がエイトマンであると知った。だから神保町の東京支社に出勤していると、想像したのだろう。
 そこまで調べてくれたのかと、嬉しくてため息が出た。
「事務所に行くことはあまりないんです。撮影は新宿とか池袋とか、もっと郊外が多いし———」
 撮影の話をもっとしようかと思ったが、川島さんが遮るように言った。
「仕事のこと、両親には言ったん?」
 私の懸念の核心。
 やはり川島さんも気にかけてくれていたのだ。『はだかの白鳥』やnoteを読んで、ドギマギしてくれていたのかもしれない。もう、泣いちゃいそう。
「結局、言ってないんです。でも自分からは言わんとこうと思ってます。仕事のことを両親に知ってほしいって思うのは、エゴのような気がして」
「そうか・・・・・・そうかもしらへんな」
 葬式のような空気が流れる。
「どうしてもショックは受けると思うんです。川島さんも知った時、ビックリしませんでしたか?」
 この時、彼女は少し変な顔をした。共感できないような、反応に困っているような。返事も「う、おん・・・・・・」と曖昧だった。

「でもさ、東京で生活できるくらい、仕事うまくいってるんやね。それはすごいことよ」
 川島さんは話を変えた。
「そうなんです! 本も出せましたし———」
「え、本?」
 なんだ。『はだかの白鳥』のことは知らなかったのか。
 私は改めて熱く説明した。5月末に自筆の本が出版されたこと。Kindle版も出たこと。文春オンラインなどのインタビューを受けたこと。それが最近また、ヤフーニュースに載ったこと。10月にはAmazonオーディブルでも発売されること、などなど。
「noteでも、毎週記事を書いてるんです」
「ええ! すごいやん。私は文章書かれへんから、本当にすごいよ」
 川島さんは心から驚いている。
 ように感じた。

「そういえばさ、大阪にいた頃のあの男の人とはどうなったん?」
 私が大阪にいた頃、良い感じの関係だった男性の話になった。その人のことは川島さんに度々、報告していたのだ。
「私が『AV女優だから彼女にできないんですか?』って聞いたら、『そうです』って言われて、終わっちゃいました」
「そうか。しゃあないな」
 その時の川島さんの笑顔は、明らかに変だった。無理に笑っている。目尻が苦しそうだった。

真相〜ミステリーは続く

 ランチは食べ終わり、会話のない微妙な空気が漂い始めた。私は一度トイレに行き、戻ってからあることを聞いた。
「私の仕事のことは、どうやって知ったんですか?」
 会社の人から聞いた。ネットニュースで知った。Xの炎上で知った。それらの答えが返ってくることを、予想していた。
 しかし———
 正解は、そのどれでもなかった。

「なんの仕事してるか、知らんで」

 時が止まった。私はなんと反応していただろう。どんな表情をしていただろう。思い出せないくらいに動揺した。

 確かに、川島さんから「AV」って言葉は1度も出てこなかった。それにずっと会話に違和感があった。私が「AV女優」って単語を出した時、変な笑顔になった。川島さんは私の仕事のことを知ってると、早合点していたのか。
 いやいや、でも、事務所が神保町ってことは知っていた。両親のことも気にかけていた。AV女優をやっていると知っていて、知っていないフリをしていたのか?

「また旅行とかしような」と言われ、私たちは別れた。時間は15時少し手前。1年ぶりに再開した私たちが、ランチに要した時間は、1時間にも満たなかった。
 川島さんは本当に、AVのことを知らなかったのだろうか。真相は分からない。彼女は私と会っている間、何を思っていたのだろう・・・・・・

 駅に向かって歩いた。AV女優であることを知ってくれているという確信や安心感が、疑念に変わり、ひどい虚無感に襲われた。
 ——自分が思っているほど、他人は私に興味ないんよな。

 まっすぐ家に帰る気にもなれず、本屋で『はだかの白鳥』を拝んでから、帰ることにした。Googleマップを開く。一番近い本屋は、大垣書店。麻布台ヒルズというところにあるらしい。いちいちGoogleマップに頼らないと動けない東京が、どうも不便で鬱陶しい。

 大垣書店に『はだかの白鳥』はなかった。あまり需要があるとは思えない本が、たくさん棚を占めている。インテリアとして陳列されている本たち。
 この本より『はだかの白鳥』の方が売れる確率は高いやろ。
 心の中で毒付き、大垣書店を出た。

 私は歩いた。
 麻布台ヒルズから、東京タワーを通り、気付けば大手町まで歩いていた。さっきまでの虚無感はさらに濃度を増していた。
 こういう時、この気持ちはどう処理したらいいんや!

 途中の増上寺で手を合わせようとしたが、本堂前の階段で、外国人たちがたくさん座ってアイスを食べたりしていたので、それも諦めた。
 ここは『ローマの休日』のスペイン階段ちゃうぞ!

 家に帰ったのは20時前。さすがに歩きすぎて足が痛い。汗ベトベト、頭痛もする。このままベッドにダイブして寝てしまいたい。でも化粧を落として風呂も入らないといけない。
 なんか色々めんどくさい!

 だるい体を引きずりながらも、とりあえず、パソコンを開いた。この気持ちを新鮮ホヤホヤのうちに書いて残しておくためだ。何もしたくないのに、書くことだけはする。
 自分の生真面目さが、もはや腹立つ!

「ピコンッ」
 LINEが鳴った。川島さんだ。
「今日はありがとう! 次はサイゼ会にしよ」
 私たちはこれまで、よくサイゼリアで食事をしていた。驚くほどの安さと、ドリンクバーで永遠にゆっくりできるのを楽しんでいた。早速、次会う予定を取り付けた。
 
 川島さんはAVのことを知っているか否かはまだ分からない。ただ仲の良かった彼女と、また繋がれたのは嬉しかったし、何より安心した。
 今後、私たちにはどんな展開があるだろう。『はだかの白鳥』アフターストーリーはまだまだ続く。



サポートは私の励みになり、自信になります。 もっといっぱい頑張っちゃうカンナ😙❤️