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第13話 初めてのパッケージ撮影 後半


AV監督『豆沢豆太郎さん』との出会い

 私はベージュのレオタードを着て、トウシューズを履いた。これから私のバレエを撮ってもらうのである。私の姿を見て、福島さんが言った。
「確かに、これだけ胸があるバレリーナは見たことないね。でもさ、胸があって、バレエの美しさがあって、男性にはというか、僕にとっては嬉しい限りだよね」

 やはり胸の大きいバレリーナはあまりいない。でも”バレリーナにしては胸が大きい”と思っているのは自意識過剰ではないようだ。

 撮影を再開しようとした時、私は背後にただならぬ気配を感じた。そこには背の高い男性が立っていた。一目見て、”この人、やばい人だ”と私の直感は警報を鳴らした。その男性は、この世の全てに興味がなさそうな顔をして、得体の知れないオーラを出していた。

「V撮影、どうぞよろしくお願いします!こちら女優の藤かんなさんです」
山中さんが男性に言った。紹介された私はとりあえず90度のお辞儀をした。
「かんなさん、こちらV撮の監督、豆沢さんです」
山中さんはそう私に説明してくれた。

 得体の知れない男性はAV撮影の監督だった。失礼なことに私はその人を『やばい人認定』してしまった。豆沢さんが他の人と話しに行っている間、山中さんは補足説明してくれた。
「AV界の売れっ子監督です。デビュー作は豆沢さんが撮ってくれたら間違いないですよ。でもぱっと見、ちょっと怖かったですよね」
私が警戒していたのを察してくれたのだろう。
 明後日のV撮への不安を募らせながら、パケ撮が再開した。

 福島さんは「好きに踊っていいよ」と言ってくれたので、バレエらしいポーズを取ったり、ゆっくりしたステップを踊った。
 その時、部屋の奥に座っていた豆沢さんが「何、それ!」と声を発した。私の心拍数は急増した。

「何、それ!なんか、むちゃくちゃきれいだね。これ、Vのイメージ動画に入れたらむちゃくちゃオシャレじゃない?」
豆沢さんはそう言って、どこから取り出したのか、カメラを回し始めた。

”豆沢さん、そんなに怖い人ではないのかもしれない”
そう思いながら、私は2つのカメラの前で気持ちよく踊った。

ヌード撮影でスイッチが入る。”さあ、私を撮って!”

 バレエのショットを撮り終わると、着衣からのヌードを撮った。私が服を脱ぎ始めると、福島さん声色はとてもソフトになった。そのせいで私はなんだか不思議な気分になった。初めての人とセックスする時のような、恥じらいのあるときめきを感じた。

”え?私、誰にときめいてんの?福島さん?!いやいや、そんなん恥ずかしすぎるやろ”
そう思い、急にカメラを見るのが恥ずかしくなった。

 これまでの人生、それなりに酸いも甘いも経験してきたつもりだったが、AV女優としてはまだまだウブかったのだろう。それにしても、こんな気分にさせてくるカメラマン福島裕二は、なんとも恐ろしい人だ。

AV女優としてまだまだウブな私

 着ているものを全て脱ぐと、私にスイッチが入ったように思う。全てから解放されて、自分の世界に入る感じ。
 こういう時、私は冷静になる。そして1点に集中する。1点に向けて熱い気持ちが集まっていく感じ。この感じは舞台に立つ時の感じと似ている。バレエの舞台に立つ時、周りがシューっと澄んでいき、気持ちが自分の真ん中に集まる感じがする。そして”さぁ、私を見て!”と客席に向かって強く思うのだ。
 この日も、そう思った。
”さぁ、私を撮って!”

 この時、横で見ていたママさんがこう言った。
「バレエ踊り出した時は、ふっとオーラ変わったけど、脱ぐと今度は目つきが変わるね」
「だよね。かんなちゃん、乳首500円玉で隠せちゃう人だよね」
福島さんはちょいちょいふざけてくる。

「この写真むっちゃ綺麗だよ。かんなちゃん、これ遺影にしな」
ママさんも絶賛する写真を撮ることができ、初めてのパケ撮は終了した。

「さぁ、私を撮って!」と スイッチの入る瞬間

初めてのパッケージ撮影を終えて考えたこと

 今日ここへ来るまでは、”現場でどんな思いをするだろう”とずっと身構えてきたが、いざ始まると、拍子抜けするほど、みんな丁寧で優しかった。優しすぎた。気分を上げてくれるのがとても上手で、私はついつい調子に乗り、気持ちよくなってしまった。

 きっと女優はみんな、現場でチヤホヤされるのだろう。みんなが惜しみなく注いでくれる「褒め」は、女優をいい気分にさせて、いい表情を作らせ、いい写真を撮るためのもの。女優の能力を高めるドーピング剤だ。ならば、みんなに褒められて、私がいい気分になったのは、決して悪いことではないのかもしれない。ドーピング剤がしっかり効いたということだから。

 ついネガティブに理屈っぽく考えてしまう私だが、もっとポジティブな馬鹿になっていこうと思う。私は女優なんだから。「褒めドーピング」の中毒にだけは、ならないように。

「お疲れ様でしたー!第一回目のパケ撮、どうでした?」
帰りの車の中で、私は今日感じた色んなことを山中さんに話した。福島さん、豆沢さんが初め少し怖かったこと、ママさんの安心感に救われたこと、そして撮影は総じて楽しかったこと。話していると、”今日やりきったんだ”と達成感が湧いてきた。

「いや、初めてのパケ撮で楽しかったと言えるのは、かなり好スタートですよ!かんなさん、お腹空いてないですか?お昼そんなに食べられてなかったですよね」
そう言われると、私は急にお腹が空いてきた。緊張からの開放に体は素直だった。

初めてのAV撮影の台本を読んで不安になる

 翌日、私はバレエに行った。
バレエには「オープンクラス」といって、1回分のレッスン料を払えば、飛び込みで受けられるクラスがある。もちろん初めて行くバレエスタジオ、初めて会う人たちの中で、レッスンすることになる。だが、そんなことに今更緊張するだろうか?いや、ない。なんたって昨日、初めての環境、初めての人たちの中で、初めてのパケ撮をしたのだから。むしろバレエすることで、私の気持ちは落ち着いていった。
 
 レッスン後は性病検査に行った。AV出演者は撮影の前に必ず性病検査を受ける。この日の検査は来月の撮影のためのものだ。性病検査と聞くとややネガティブなイメージを持つかもしれないが、私は検査が嫌いではない。むしろ少しルンルンで受けに行く。自分に良いことしているような気がするから。

 バレエと検査に行き、ホテルに戻る頃には夜になっていた。まだ寝るには早かったので、テレビをつけた。が、内容が頭に入ってこない。本を読んでみた。が、文字を追うだけになってしまう。明日のV撮の緊張で、何も手につかなかった。なのでVの台本にもう一度目を通した。もう穴が開くほど読んでいるのだが。

 台本には男優さんの名前や、大まかなプレイ内容が書かれていた。ドキュメント風の内容なので、決まったセリフなどはない。プレイ内容も<状況を見て、当日決めます>と書かれてある。つまり、台本を見ても覚えることはないのだ。

 台本の最後にはこう書かれていた。
<撮影中、何か問題があれば、いつでもカットをかけてください。現場で不安に感じることがあれば、担当マネージャー様・現場監督を通じて、なんでもご連絡ください。良い作品になるよう、どうぞよろしくお願いします>

 そんなこと書かれていても、何かあったら言える状況なのかな。歯医者でも右手を上げられたことなんてないのに。
 山中さんも「かんなさんの気持ちと体調がばっちりなら、あとは何も要りません!」と言っていた。本当にそれだけで大丈夫なのだろうか。私の心配は尽きない。考えすぎて頭痛がし始めたので、とりあえず私はベットに横になって目を閉じた。

 ”こんなに緊張して寝られるはずがない!”と思ったのも束の間、目覚ましのアラームが聞こえ、初めてのAV撮影の朝を迎えた。

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藤かんな
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