第43話 エイトウーマン写真展2022⑧〜スタッフに選ばれた藤かんなは、腰を痛めて帰る〜
11月18日(金) 11日目
西田さんは毎日、誰よりも早く会場に来て掃除をする。長いように思われた写真展もあと3日。掃除をする西田さんの姿が見られるのもあと3日・・・。
スタッフをしたことのご褒美は”同志”に会えたこと
写真展が始まる前、私はエイトウーマンに会うことが正直かなり不安だった。お互いライバルなのだし、ギスギスした空気になるのではないかと構えていた。しかしエイトウーマンはみんな”いい人”で、”同志”だった。
私はAV女優になったことで少し孤独を感じていた。同業の知人なんていないし、誰とも仕事の話はできない。けれどそんなことも覚悟した上で選んだ道なのだから、孤独なのは仕方がないと思っていた。
しかし写真展でスタッフをして、エイトウーマンたちに会えて、”私は独りじゃないかもな”と思えた。AV女優として奮闘している人たちが8人もいた。仕事の話は社長や山中さん、東さんにしたらいいのだ。
”私には同志がいる”
それに気付けたことはスタッフをしたご褒美だろう。
葵つかさとカナダの大富豪
この日の在廊女優は4度目の『葵つかささん』。
つかささんには海外のファンも多かった。中でも印象に残っているのが、カナダ出身の男性だ。彼はつかささんが在廊する日には必ず会場へやってきて、毎回葵つかさの写真作品を1点以上購入していた。写真展開催期間中に5、6点は購入したのではないだろうか。
「あの人、一体何者なんでしょうね」
「きっと地元のカナダに豪邸があるんだろうね」
「メープルシロップ農園の経営者とかだったりして」
そんな下世話な話を西田さんや社長、山中さんとして盛り上がっていた。
後で聞いた話だが、彼はやはりカナダに豪邸があるらしく、この写真展会場をカナダで再現しようとしているらしかった。彼が一体何者なのかは判明しなかったが、彼のスケールのでかい”葵つかさ愛”は紛うことなきものだった。
カナダのスケールがデカいのか、葵つかさのスケールがデカイのか、おそらくその両方だろう。
11月19日(土) 12日目
AV撮影は不完全燃焼
朝6:30起床。この日はAV撮影。ホテルには東さんが迎えにきてくれた。
「連日の写真展お疲れ様です。疲れはあるでしょうが、調子はどうですか?」
私はこの日、重心が定まっていない感がした。気持ちが切り替えられていないのか、疲れのせいか。若干の不安を感じたが、スムーズに撮影が済むことを願って現場へ向かった。
朝に感じた不安は的中。撮影の終了時刻は夜中の2時だった。監督が何を求めているのかがイマイチ汲み取りきれず、自分の中では不完全燃焼で終わった。
私は思わず帰りのタクシーの中で、東さんにこう漏らしてしまった。
「今日の撮影は、初めて辛かったです」
口に出してしまうとますます辛くなってきて、目の奥が少し熱くなった。
「上手くいかなかったと思う作品や、ハプニングの起きた作品って、不思議と売れたりするんですよ。藤さんはよく頑張ってると思います。どこで毒抜きしてるのだろうと思うくらいです。そんな藤さんから『辛い』って言葉が出たということは本当にしんどかったんだと思います。でも言ってくれて少し安心しました」
東さんのフォローに目の奥は決壊しそうだった。しかし耐えた。
私は悔しかった。不完全燃焼で終わったこともだが、今こうして「辛い」と認めてしまった自分が不甲斐なくて。夜中の2時半すぎ、ホテルに着いて、唐揚げとポテサラとコーラで腹を満たしてから寝た。それでもまだ気持ちはもやついたままで、寝付きはとても悪かった。
11月20日(日) 13日目
前日の撮影が不完全燃焼だろうとなかろうと、今朝の目覚めが最悪だろうとなかろうと関係ない。写真展の最終日がやってきた。
私はもやつく気持ちと若干の胃もたれを抱えて、受付に座った。受付をしていると気持ちも徐々に切り替わってきて、写真展が終わってしまうことがひどく切なく感じられた。
藤かんなは葵つかさに感謝を伝える
最終日の在廊女優はやはり『葵つかささん』。彼女と会う機会はもう当分ないかもしれない。私はつかささんに伝えたかったことを伝えた。
「写真展が始まる前に放映された『イワクラと吉住の番組』を観ました。私はあれを観て、”葵つかさでいてくれてありがとう”って思いました。つかささんはきっと私が想像できないほどの闘いをしてきた人だと思います。初めて会った時も、そのただならぬオーラを感じて圧倒されてしまいました。
つかささんの存在は私を肯定してくれたように思います。本当に会えてよかったです。存在してくれてよかったです。ありがとうございました」
緊張でうまく伝えられなかったが、つかささんはしっかり聞いてくれた。そしてこう言ってくれた。
「私が闘ってきたって言ってくれるのは、かんなちゃんも闘ってるからやで。ありがとう。そう言われることで私もまた頑張れる。バレエ教室、東京で開いてよ。姿勢良くなるって聞いたから、バレエしたいねん」
写真展は超超大入り満員の中、終わろうとしていた。つかささんは最後、会場のファンに向けて締めの言葉を述べた。コアなファンたちは泣いていた。
私は写真展会場を初めてみた時、意外と小さいなと感じた。しかし、その小さい会場で繰り広げられたドラマや、生み出された熱量は想像以上のものだった。たくさんの人間模様や、ひとりひとりの抱える思い。この熱い熱い2週間を忘れたくないと強く思った。
ああ、もう数時間で写真展は終わってしまう。2週間の祭りは本当に終わってしまうのだ・・・。
写真展はあっけなく片付いていく
17時閉場。写真展が終わってしまった感傷に浸る間もなく、写真の取り外し作業が始まった。それはあまりにもスピーディーで、さっきまでの感動はなんやったんやと笑ってしまうほどだった。
西田さんも会場の片付けを始めていた。次、西田さんに会えるのはいつになるだろう。もう2度と会えない可能性だってあるのだからと、私は西田さんの姿を目に焼き付けた。
控え室では社長が盛大に片付けをしていた。
「ここにあるお菓子とかプレゼントとか、欲しいやつなんでも持って帰って」
私はたくさんのお菓子や飲み物を袋に詰めた。キラキラして見えた差し入れたちも、写真展が終わるとあまり輝いて見えなかった。
「欲しいもん取ったら先帰っていいよ。2週間お疲れ!さんきゅ!」
社長にそう言われ、先に帰らせてもらった。
外は雨が降っていた。私は傘を持っていなかった。写真展の2週間を完走した興奮を誰かと共有したかったが、会場を出ると私は独りだった。雨の中、早足でホテルに帰り、差し入れのお菓子をいくつか食べて寝た。
11月21日(月) 14日目
エイトウーマンどもが夢の跡
写真展はもうないけれど、最後にもう一度、会場を見に行った。会場入り口に貼ってあったエイトウーマンのポスターは、もちろん無くなっていた。まるで写真展なんてなかったかのように、昨日までの余韻はひとつも残っていなかった。
私は大きなキャリーケースを引いて、東京駅へ向かった。道中、色んなことを思い返しながら、Twitterを書いた。140字の何十倍、何百倍の思いが心と頭を巡っていたが、総括すると、月並みな平たい言葉しか並べられなかった。
なので今こうして2022年エイトウーマン写真展の一部始終を書き残せたことを嬉しく思う。あの時の空気を少しでもここに留められたら幸いだ。
最後に。