第12話 初めてのパッケージ撮影 前半
現場へ向かう道中は緊張で車酔い
3月下旬。もうすぐ4月なのにこの日は少し寒かった。今日はついにAVデビュー作のパッケージ撮影である。
現場へ向かう車の中で、山中さんは「体調どうですか?昨日は寝られましたか?」とたくさん気遣ってくれた。そして撮影について説明してくれた。
「今日はパッケージ撮影だけなので、そんなに遅くまでかかりません。普段の撮影はパケ撮(パッケージ撮影)とV撮(AV撮影)を1日でやってしまうので、朝から夜中までかかるんです。でも今回はかんなさんのデビュー作ですし、パケとVを1日ずつ、余裕を持ってしっかり撮ってもらいます」
私は平静を装い「ふんふん」と話を聞いていたが、正直、不安と緊張で目眩がしていた。
”AVの撮影現場ってどんなんだろう。多少荒いことされたり、大声で怒鳴られたりするかな。覚悟はしておかないとな”。
そんなことを考えていたら車酔いした。
メイク担当の『ママさん』に元気をもらう
撮影現場に着くと、メイク室に通された。担当してくれるメイクさんは、現場のみんなから『ママ』と呼ばれており、名前の通り、溢れんばかりの安心感がある人だった。”AV撮影現場、怖そう”と身構えていた私は、ママさんの雰囲気に少し安心した。
まず着ているものを全て脱ぎ、バスローブに着替えた。バスローブに着替えるのは下着の跡が付かないようにするためらしい。
「極論、朝起きて、シャワーして、バスローブだけ着て、現場来てもらってもいいんですよ。舘ひろしさんみたいに」
現場へ来る途中、山中さんがこんな話をしてくれた。あの時あまり笑えなかったが、着替えながらクスクス思い出し笑いした。
メイクが始まってすぐ、私はママさんに言った。
「今日、肌荒れがひどいんです。皮膚科に行って急いで治したけど、完全に綺麗にならなくて。メイクやりにくいですよね。すみません・・・」
ママさんは言った。
「どぉれ?あぁ、大丈夫だよぉ!その程度の肌荒れは余裕で隠せちゃう。任せなさい。人間なんだもの、普通に生活してたら、ニキビもできるわよねぇ」
そう言ってもらうと、私の不安のダムは決壊し、泣き言が次々と出てきた。
「今日、身体もかなり浮腫んじゃってるんです。顔も身体も全然コンディション整ってなくて。初めての撮影なのに、もうどうしようってずっと心配で・・・」
「まぁねぇ、初めてってそんなもんよねぇ。でも全然浮腫んでるようには見えないし、それでも十分細いから大丈夫よぉ!それにちょっとくらい崩れてる方が、エロいらしいよ。腰にたるみとかあると、リアリティあって興奮するんだって」
ママさんのおかげで、私はだいぶ元気が出てきた。母(ママ)は偉大。
着替えをしていると、安村さんが来た。メーカーのプロデューサーはパケの服装や下着などをチェックするのだ。まだ2回しか会ったことのない安村さんだけれど、この現場では2回も会ったことのある人だ。私の「知ってる人センサー」が過剰反応し、犬のしっぽのように手をブンブン振って挨拶した。
パッケージ撮影開始、『福島裕二さん』との出会い
メイクと着替えが完了し、ついにパッケージ撮影。
カメラマンは『福島裕二さん』という人だった。山中さん曰く「AVパッケージを撮るカメラマンの中でトップの人」らしい。
「マドンナはかんなさんのデビュー作にしっかり力を入れてくれています。パケのカメラマンもVの監督も、この業界でトップの人です。でも決して気負う必要はないです。信頼できるプロがしっかりいいものを撮ってくれるので、安心してもらったらいいですよ」
山中さんは説明してくれた。力を入れてくれるのはとても光栄なことだが、やはり責任感を感じてしまう。私はみんなの期待に応えられるだろうか。
福島さんは体も声も大きくて、「カメラマンとしてトップの人」らしい堂々としたオーラがあった。
「はーい、今日はよろしくね。僕はね、大切に、大事に、愛をもって撮っていくからね!君はバレエやってるんだって?僕、ついこないだ、バレリーナ撮ってきたよ!ほら、これその写真(PC内のデータを見せてくれた)。
バレリーナってさ、本当にストイックだよね。そしてみんなとにかく海外のバレエ団に行きたがるよね。レッスンの指導して、それから自分のレッスンもして、タフだなぁと思うよ」
”そうだなぁ。私も海外のバレエ団に行きたかったなぁ”。
そう思いながら、福島さんが話す、バレリーナたちを羨ましく思った。
話してみると、福島さんは見た目よりポップな人だった。けれどあまり調子乗って接したらダメだと思わせる迫力はしっかり感じ取った。
撮影が始まった。まずは着衣の状態で。体の線をしっかり見せるために、ママさんが私が着ている服を後ろでつまみ、ピンでいっぱい止めた。横から見ればおそらくステゴサウルスのようになっていただろう。こうしてぼんっ、きゅっ、ぼんっは作られているようだ。
パケ撮は、西田さんに撮ってもらったグラビア撮影とは、少し様子が違った。グラビア撮影はカメラがあちこち動き回って、色々な角度から私を撮ったが、パケ撮はカメラも私もあまり動かない。基本的に顔を正面に向け、顔の角度や表情を少しずつ変えていき、それを撮ってもらう。そしてポーズを変えて同じよう撮っていく。グラビア撮影が『動』だったら、パケ撮は『静』だと思った。顔や胸の向きなど、パッケージ写真ならではの魅せ方があるようだった。
撮影中、レトロな音楽が流れていた。撮影が進んでくると、福島さんは鼻歌を歌い出し、ついにはしっかり歌いだした。たまに私も知っているような有名曲が流れ、調子に乗ってサビを口ずさむと、
「お!かんなちゃん、この曲知ってるの?!さては年上の彼氏がいるなー?」
と、福島さんが反応した。いるとしたら、だいぶ年上の彼氏だよね。
「バレリーナ!そろそろ踊りたいよね。僕もバレエを撮りたいんだ。昼休憩挟んだら、次は踊ってるとこ撮ろうか」
福島さんが言った。
最近バレリーナたちを撮ってきた福島さんに、私のバレエを撮ってもらうのは少し気が引けた。きっとそのバレリーナたちは、私より技術のあるプロの人たちだと思う。だから、”藤かんなのバレエ、大したことないな!”と思われるのが怖かった。
しかしもうやるしかないことも分かっている。
”私だってプロだし!なんならバレエとAV女優と2つあるし!”
そう気持ちを奮い立たせ、お昼休憩に入った。
エイトマンマネージャー『東さん』との出会い
メイク室に戻りバスローブに着替えた。お昼のお弁当を選んでいると、ママさんが言った。
「福島さん歌ってたねぇ。福島さんが歌い出したら大丈夫よぉ。撮影がうまく行ってるってことだから」
私は安心した。
「でもポージング、いまいちどうしていいか分からないんです。何かコツがありますか?」
ママさんはこう教えてくれた。
「ライトとレフ板の位置を見て、光の当たる角度を考えるといいよ。顔とが胸が綺麗に見えるような光の角度をね。あと顔や体は、コマ送りみたいにゆーっくり動かしてみて。そうしたら、カメラマンが綺麗に見える位置を探しやすいから。かんなちゃん頭いいから、きっとすぐコツ掴めるよ」
ママさんから伝授されたコツを、私はこの日寝る前に、しっかり日記に書き留めた。
お弁当を食べていると、山中さんが
「かんなさん、ご飯中すみません。こちら、エイトマンの東です」
と中年の男性を紹介してくれた。山中さん同様、エイトマンでマネージャーをしている『東さん』だ。東さんは山中さんのハキハキした雰囲気とは違い、とろんとした印象だった。
”エイトマンって何人くらい社員がいるんだろう”。
この時そう思ったが、今もまだ知らない。
東さんは現在お世話になっているマネージャーである。なので東さんの活躍はしばらく後に書くことになるだろう。
私はいつもこの2人の気遣いに脱帽する。女優をサポートする気遣いだけではない。現場を回すため、次の仕事に繋げるための気遣いなど。表は優しいが、裏は策士で、私は彼らを『気遣いヤクザ』だと思っている。
そんな2人を、山中さんは『兄貴』、東さんは『おかん』と思って慕っている。私にとって、頼もしく、安心できる存在だ。
(後半へ続く)