見出し画像

1991年8月1日(木)

【熊大迷宮:小室ファミリー部隊】
「扉の奥、亜獣6体です」
 扇 開次が扉の奥の状況を隊長の三木 浩司に伝える。ここは熊大迷宮地下3階。本日初めて地下3階の探索に入った小室ファミリー部隊は迷宮の作りに全員が驚くというお約束を済ませた後、亜獣と初戦闘をするべく1つ目の扉を調べたのである。
「良し、では地下3階初戦闘だ。全員油断しないように。もし中に本鬼がいたら爆発頼むな」
 その言葉を聞いて全員が頷き、黒田 颯太もいざという時のために爆発を唱える準備をする。全員の集中を確認した後、三木は東堂 静馬に目配せし、東堂は扉を蹴破る。扉を蹴破り、部屋の中に入った時に確認できた亜獣は本鬼4体と鍛冶屋2体であった。
「爆発」
 黒田は爆発を本鬼に唱え、1体が膝をついて倒れる。前衛の三木と東堂は本鬼に意識がいってしまい、全速で近寄ってきた鍛冶屋を後ろにそらしてしまう。
「倉本さん、鍛冶屋が2体行った」
 後ろを振り向いて倉本に叫んだ三木であるが、自分と本鬼との距離を失念しており、再度本鬼に向き直った時には本鬼は目の前まで迫っており、ほぼノーガードで一撃を喰らう。かなりの衝撃であったが、何とか意識が飛ぶのを食い止め、戦闘を継続する。東堂には残り2体の本鬼が向かっており、善戦はしているが、このままだと確実にやられるような状況だ。
「どっちを」
 倉本 華は突っ込んでくる2体の鍛冶屋を見て呟く。2体の鍛冶屋は左右に大きく分かれており、明らかに自分ではなく後衛のメンバーを攻撃しようとしている。流石にこの状態で2体とも止めるのはいかに倉本でも難しい。次の瞬間左側の鍛冶屋の進撃を食い止め、一撃を加えた後、残りの1体の鍛冶屋を確認する。視界の先では鍛冶屋の一撃をくらい、扇が吹っ飛ばされ壁に激突していた。
「ドクン」
 倉本の心臓が大きな鼓動を打った。

【迷宮待機場:多田隈 五月・富田 剛】
「とみたん。SOS来た」
「まじで?」
 急に立ち上がって叫んだ多田隈 五月に多少驚きながら富田 剛も言葉を発する。ここは迷宮待機場。本日も担当の多田隈と付き添いの富田は2人で午前中の時間をここで過ごしていた。今まで何度もここで待機していたが、実際にSOSが来たのは初めてである。
「地下3階。階段降りてすぐ、小室ファミリー部隊」
「テス、テス、小室ファミリー部隊からSOSあり。救護部隊は大至急迷宮入り口に集合してください」
 詳細を確認している多田隈の言葉を聞いて富田が館内放送で救護部隊を招集する。待っている間に多田隈と富田も迷宮に入る準備を行う。程なく救護部隊のメンバーが集まってくる。
「めいちゃん。今どんな状況」
「さっきまで黒田さんから念が来てたけど、今は来てない」
 原田 公司が代表して多田隈に状況を確認する。かなりヤバイ状況の可能性が高いことを全員が認識し、全員集合の後、迷宮に入っていく。
◆救護部隊①
黒髪てへろく部隊
◆救護部隊②
王家の紋章部隊

【熊大迷宮:小室ファミリー部隊】
「扇くん、しっかり」
 吹っ飛ばされた扇 開次の元に駆け寄り、神田 多香美が回復を行う。かなりの衝撃だったようで、完全に意識を失っており、出血も多い。回復しつつ、今の状況を確認する。扇を吹っ飛ばした鍛冶屋は床に伏している。おそらく黒田 颯太が催眠を使ったのだろう。倉本 華はもう一体の鍛冶屋と戦っており、もうすぐ倒せそうだ。前衛の2人は・・・
「うそ・・・」
 神田の視界の向こう側には大量に出血し、床に伏している三木 浩司と東堂 静馬の姿があり、3体の本鬼は1体ずつ倉本と黒田と自分のところにゆっくりと移動している。
「倉本さん!」
 ちょうど鍛冶屋を倒した瞬間に神田の叫びを聞いた倉本はその時状況を再認識する。本鬼が自分に向かってくる。三木と東堂はどうしたのだろう。とにかく本鬼の一撃目を避ける。その際に目に入ったのが、本鬼が他に2体生き残っていることだ。かなりヤバイ状況だと理解する。ただ、自分も本鬼相手に余裕があるわけではない。本鬼の攻撃を避けながら、攻撃を加えつつ次の情報が目に入ってくる。三木と東堂はすでに倒され、床に伏している。戦士は自分1人になってしまったのか。本鬼の攻撃を避けつつも何とか味方の援護に向かいたいが、やはり本鬼は強く、なかなか考え通りに状況が進まない。次に目にしたのは黒田が2発目の爆発を目の前の本鬼に唱え、本鬼が消滅していくところだ。ただ、爆発の詠唱と同時に降り下ろした本鬼の棍棒で黒田は頭を潰され、地面に倒れ伏した。
「黒田さん」
 衝撃な瞬間を目にした倉本は自分が発した言葉が思った以上に冷静であることに驚く。本来であれば大声で叫ぶような状況であるが、先ほどから自分の感情が自分のものではないような感覚を覚える。そしてもう一体の本鬼が扇を回復している神田に近づき、棍棒を振り折した時に倉本の中で何かが壊れた。

【熊大迷宮:救護部隊】
「周りに亜獣はいません。冒険者の気配が・・・2人」
 すごく言いにくそうな感じで富田 剛が言葉を発した。ここは熊大迷宮地下3階。小室ファミリー部隊のSOSを受けて地下3階へとやって来たが、階段を降りてすぐ、富田が周辺の状況を報告した。冒険者の気配が2人しかいないということは、富田の探知に間違いがなければ、4人がすでに絶命しているということになる。
「とにかく急ぐぞ」
 そう言って前田 法重が先頭を切って歩いていく。そして連絡のあった部屋の扉を原田 公司が蹴破り、中に入る。ものすごい異臭が立ち込め、原田も少し吐き気を催す。
「牛嶋さんとめいちゃんは中に入らないで!」
 そう叫び、原田は部屋を見渡す。奥の方におそらく倉本 華が大きく肩で息をしながら剣を構えたまま立っている。どうやらその後ろには扇 開次が倒れているようである。
「倉本さん。無事か?」
 原田はこう叫びながら倉本に近づくが、倉本は原田に攻撃を仕掛けてくる。原田は急のことで対応できず、初撃を喰らってしまう。
「倉本さん」
 初撃を喰らった原田は倉本が正気を失っていると判断し、倉本から剣を奪い抱き締める。
「もう大丈夫だから」
 原田の言葉を聞いて緊張の糸が切れたように倉本は意識を失い、原田に体を預けた。
「原田はそのまま倉本さんを運んでくれ。扇は村田と富田に運んでもらう。後の4人は手遅れだった」
「そうですか」
 倉本を抱えながら話しかけてきた前田の言葉にため息混じりに反応した原田は軽く首を左右に振る。この後、倉本と扇は迷宮外に運んだ後、救急車で熊大病院へと運ばれ、残りの4名は男性陣により安置場へと運ばれることとなった。

【冒険者組織長官室:足立 賢治・大田 誠・元木 美麗・川崎 志郎】
「報告ご苦労。関係各所への調整と、葬儀関連は組織で執り行う。川崎君は冒険者達の精神的ケアを頼む。まあ、川崎君もかなりショックだったとは思うが」
 救護部隊を代表して、本日の状況報告を行った川崎 志郎に対して足立 賢治が口を開く。迷宮探索が始まって以来初めて冒険者が亡くなるという状況が発生した。これまでも迷宮探索は危険であり、命を落とす可能性があることは全員認識していたが、心のどこかで死ぬまではないと思っていたところがある。今回実際に冒険者が亡くなり、冒険者達はかなり動揺しているのである。川崎も正直気持ちの整理がまだついてないが、自分は5回生で、年長でもあるので、他の冒険者を落ち着かせるためにもしっかりしないといけないと考えている。
「わかりました。自分でできる限りのことはやりたいと思ってます。何かあればご依頼ください」
 そう言って頭を下げた川崎は元木 美麗と一緒に長官室を後にする。
「さて、俺はゼーレの老人達の所に行ってくるから、少し面倒だが後のことは任せて良いか」
「行ってこい。こうなる事は想定していたから、ゼーレに言い訳するよりはこっちが楽だ」
 無表情のまま言葉を発した大田 誠を見る事なく、足立は立ち上がって長官室を後にした。

【熊大病院:佐々木 雅美・藤原 静音・山村 静香】
「話によると命には別状ないってことだった」
「扇君もそんな感じに言われた」
 佐々木 雅美の言葉に藤原 静音も答える。ここは熊大病院。本日地下3階で救出された倉本 華と扇 開次は救急車で熊大病院に運ばれたが、倉本の救急車に佐々木が、扇の救急車には藤原が同乗したのである。また、扇が病院に運ばれたのを聞いて山村 静香も急ぎ病院にやって来ている。救急車で応急処置を行ってもらう間に2人の病状を確認すると、かなり体が損傷しているが、命がなくなるほどではないとのこと。
「それにしても初めて犠牲者が出たわね」
「本鬼が危ないっていうのはわかっていたんだけどね・・・」
 今回部隊が全滅した要因はもちろん本鬼が原因である。現場には4体の本鬼の亡骸があったとのことだ。自分たちでも本鬼4体は状況によっては苦戦を強いられる相手である。本日初めて地下3階に降りた小室ファミリー部隊にはそもそも難しかったと言わざるを得ない。もちろん本鬼が出てるくるかどうかは分からなし、本鬼の出現率もそれほど高くもない。本当にたまたま出現してしまったということになる。そうこうしていると、倉本の検査が終わったようである。
「倉本さんの検査が終わりました。肉体的には特にひどい怪我はありませんので、一般病棟でしばらく入院することになります。ただ、精神的な部分で少し問題があります。意識が戻った際に少し話をしましたが、自分がなぜ今病院にいるのかがわかってないようです。確認のためにご自身の事を尋ねたところ、名前などは普通に答えるのですが、年齢を尋ねると少し考えて思い出すように口を開き、今自分は熊本大学1回生であり19歳と回答されました。恐らくですが、今回のショックで冒険者になってからの記憶がごっそり抜け落ちているのではないかと思います。今後どうするかは組織側での判断に任せますので、病院側としては迷宮についての話はしないようにします」
 医者はそう言い終わると軽く会釈をし、その場を去っていく。その後ろ姿を見つめながら藤原が口を開く。
「ショックだと思うわ。部隊全滅だもんね」
「私でもどうなるかわからないわ」
 佐々木も言葉をもらし、山村も神妙な顔を浮かべる。病院についてから1時間が経とうとしているが扇が行っている手術の手術室のランプはまだ点灯したままだ。命には別状ないという事だったが、どれほどの後遺症が残るかは手術が終わらないことにはわからない。幼い頃から扇とは幼馴染として仲良くしてきたし、何かと扇は自分を助けて来てくれた。もし、扇に甚大な後遺症が残ったとしたら、今後は自分が扇を助け、今まで助けてくれたお返しをしようと山村は心に誓った。

【ゼーレ本部:足立 賢治・張本 照】
「想定事項ではあるが、ちょっとタイミングが悪かったな」
「らしくない失態といえるかな」
 スピーカーの向こうから理事長③と理事長②の言葉が聞こえてくる。ここはゼーレ本部会議室。本日の小室ファミリー部隊の全滅の件を報告するために、足立 賢治はゼーレ本部へと足を運んでいる。現段階でわかっている情報を理事長達に報告し、理事長達から感想を述べられたのである。
「失態と言われるのは不本意ですが、タイミングは確かに悪かったかもしれません。そこは反省します」
「素直でよろしい」
 足立がスピーカーに向けて述べた言葉に理事長⑤が反応する。
「今後の件ですが」
 そのように足立が言葉を発すると理事長③が話を始める。
「関係各所や、マスコミ等についてはゼーレ側で調整を行うので冒険者組織側は葬儀と事後処理についてを粛々と行って欲しい。後、うるさい連中が責任問題等をうるさく言ってくると思うので、一応見せしめとして、しばらく足立君の長官としての任務を更迭させてもらう」
 無表情のまま足立は話を聞いている。自身の更迭については想定していたので、特に問題はない。ただ、自分がいない間長官を誰が代行するのかは気になる。
「足立君が更迭されている間は彼に代行をしてもらう」
 その言葉の後に会議室に入ってきた男を見て、足立は珍しく不快な感情を表す。
「いやー、足立くーん。やっちゃったねー」
 入って来たのは、足立が全人類で最も嫌いな男、張本 照である。思わず足立は何やら声を上げようとしたが、思いとどまり、いつもの無表情に戻る。
「わかりました。教えていただけるならで良いのですが、何故彼なのでしょうか」
 冷静を装って足立は理事長に尋ねる。しかし、返事はなかった。
「理由はあれだよー。僕が優秀だからだよー」
 聞いてもいないことを張本は調子よく叫んでいる。足立はそんな張本を無視し、スピーカーの電源が落ちたのを確認し、黙って会議室を後にした。

【道:前田 法重・原田 公司・大塚 仁・本田 仁】
「明日10時から合同葬儀らしいです」
 大きなため息をつきながら原田 公司がこう言葉を述べた。ここは居酒屋『道』。本日も数人のお客がお酒を楽しんでいる。本日『道』に来ている冒険者はここに集った4人だけであり、他の客は普通のリーマンや学生である。小室ファミリー部隊全滅の話はすでにテレビニュースにも取り上げられており、冒険者達の動揺はかなり大きなものとなっている。いつも元気で明るい多田隈 五月も例外でなく、かなりショックを受けたので自宅で富田 剛と一緒に過ごしているそうだ。同じように1人ではいたたまれずに集まって夜を過ごしている冒険者が多いようである。
「本鬼でこうなる可能性があるのはわかってたんだけどね」
「鍛冶屋との組み合わせが最悪でしたね」
 ビールを口に運びながら前田 法重が言葉を発し、原田が感想を述べる。現場を詳しく調べて部隊のメンバーや亜獣が倒れいてた場所から、全滅の状況がある程度推察することができている。まず異質だったのは鍛冶屋が倒れていた場所だ。鍛冶屋は部隊と遭遇すると、まず攻撃を仕掛けてくるので基本的には前衛にあっけなくやられてしまう。しかし、今回鍛冶屋は後方まで進出して来ていたので、戦士の初撃を避けて、前衛をすり抜けて来たということだ。これにより、後衛に危険な状況が起きる。誰かしらは鍛冶屋にやられた可能性が高い。後は戦士の2人は前方でやられていたので恐らく本鬼に倒され、残った本鬼が後衛まで進出し、後衛もやられたのだろう。その後、扇 開次を守りながらどうやって倉本 華が本鬼を全滅させたのかは理解に苦しむ所だ。
「後、しばらく探索は中止だとのことです」
「まあ、そうだろうな」
 ビールを注ぎながら原田が発した言葉に、神妙な表情を浮かべながら前田はつぶやいた。

いいなと思ったら応援しよう!