1990年12月8日(土)
【ゼーレ本部:足立 賢治】
「本日の伝達事項は以上である。何か質問はあるか」
理事No③の声が部屋に響いて、足立 賢治は怪訝な表情を浮かべている。ここはゼーレ本部の会議室。本日急遽呼び出された足立は出頭し、理事たちから一方的に情報を与えられた。しかし、その内容は足立が納得できるものと到底納得できないものが含まれていた。
「聞いても無駄かとは思いますが」
足立はスピーカーを見つめて口を開く。
「理由は教えていただけないんですよね」
「足立君らしくないな。教えてもらえないとわかっていることを聞くなんて。それほど本日の内容は納得できなかったかな」
理事No③の言葉の後、足立は両手を前についたまま口をつぐんだので、スピーカーの音声がオフとなった。その後座ったまま足立は考えを巡らし、5分後に席を立ってゼーレ本館を後にした。
【りんどう:足立 賢治・大田 誠】
「プロジェクトMの件は良いとしても、募集方法の変更に関しては何とも承諾しがたいな」
足立 賢治のお猪口に熱燗を注いだ後、自分のお猪口にも熱燗を注ぎながら大田 誠がこう口にした。ここは居酒屋『りんどう』。日曜日ということで、比較的のんびりした雰囲気が漂っている。本日ゼーレ本部に出頭した足立は、理事長たちから数件の議題について情報開示を受け、その内容を大田に相談すべく、『りんどう』に呼びつけたのである。
「プロジェクトMは計画通りに認可が降りて、当初の予定通り1992年から開始となる。それは良い。問題は募集の件だ」
足立はお猪口に入った日本酒を飲み干し、大田に向ける。
「後気になったことがあるのだが、今日発言した理事が②③⑤⑥で、いつも仕切っている①と④がいなかった」
そう言いながら足立は難しい表情を浮かべる。ゼーレ組織について足立は詳しく知っているわけではない。ただ、ゼーレ理事内で保守派と改革派で分かれているという話は聞いたことがある。改革派の代表が理事①で、保守派の代表が理事③だ。
「ゼーレ内部でも何か起こっているのかもしれんな」
足立はそう言いながら自分のお猪口に日本酒を注いで、空になったお銚子を横に倒した。