田中辰雄・浜屋敏『ネットは社会を分断しない』

概要、気になったところをメモした

■「ネットは社会を分断しない」の論拠

・ネットをよく利用する若い世代よりも、高齢者の方が意見がより極端である
・ネット利用後に意見が極端化するどころか、かえって穏健化している

■ネットで議論するのは難しい

・「ネットで実りある議論をするのは難しいと思うか」p.21
はい47%、いいえ13%

・「世の中の言論は中庸がなくなり右寄りか左寄りかに極端になってきていると思うか」p.33
はい28%、いいえ7%

・「ネットで議論する人に不寛容な人が多いと思うか」p.202
はい32%、いいえ6%

■意見分布:中庸が黙る

・極端な意見を持つ人が繰り返し投稿することによって、山型の意見分布が崩れ、両端が盛り上がる。まんなかの人たちが黙るので、へこむ。

・「ネットは自由にモノが言えるところだと思うか」p.226
はい39%、いいえ13%
・「自分はネットで自由にモノを言っていると思うか」p.226
はい9%、いいえ54%

・「この差は、一部の求心的な意見の人に気圧されて大多数の穏健な人が委縮していると考えれば説明がつく」p.228
・「分極度が高まるにつれて自由にモノを言っていると答える人が増えている。政治的に強い意見の持ち主ほどネット上で制約なしに自由に書き込めているということであり、逆に言えば政治的に強い意見を持たない穏健派は自由にモノを言えていない」p.230

■本章の議論をまとめてみるp.230

意見分布がネット利用によって分極化したという証拠はない
しかし、目に入る意見分布は両極端に偏る傾向がある。理由は、総書き込み数、閲覧頻度、萎縮効果の3つ
 ・分極化した急進派の書き込み数が(一人当たり書き込み数ではなく)総数でも多い
 ・「急進派の激しい書き込みほど閲覧頻度が高いところに好んで書き込まれ、リツイートやまとめサイトで拡散する」
 ・「激しい攻撃的言葉の応酬に嫌気がさして穏健派が委縮し、書き込みをひかえてしまう可能性がある」

■「ネットで見える世論を真の世論とみてはならない」p.232

「ネットを見ていると人々は激しく対立し、世の中が分断されているように感じる。しかし、それは一部の極端な人の意見しか表れないというネットの特性のためであり、実際には分断は起きていない。人々は多様な意見に触れてむしろ穏健化しているのであり、民主主義にとって良い方向に動いている。ネットで見える世論を真の世論と思ってはならない」p.232

■あとがき—ネットの議論を良くするために

「ただし、このように述べたが、ネットに課題が無いわけではない。最大の課題は、最後に述べた極端な議論だけを拡大して見せるネットの特性である。これがためにネットでは相互理解を進めるような生産的な議論ができなくなっている。(…)相互理解の議論は不可能になっている。この問題を解決する必要がある」p.234

「そしてこの解決は可能であろう。(…)すなわち、分布の中間の人々の言論空間をつくることが最大の対策になる」p.235


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