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うだる台北訪問記(2019)後編
6月21日:台北
ホテルを予約するまでは、朝は屋台などでの外食ですませるという台湾の食文化について知らなかったので、朝食付きプランにしてしまった。どれもおいしかったが、翌朝は外で食べようと思う。
冷たいシャワーを浴びて、「午前中の涼しいうちにいろいろ回ろう」とホテルを出たのだが、もうすでに耐えがたいほど暑くてゲンナリする。中国将棋目当てで目星をつけていたボードゲーム・ショップも閉店していて、結局、「涼しいから」という理由だけで地下街で時間をつぶす。このとき、地下街に充満する奇妙な臭いの原因が臭豆腐屋であることに気づいたが、そのときは不思議なことにとくに気にならなかった。
昼、東門駅まで地下鉄に乗り、永康街にある「度小月」というお店で、台湾に住む唯一の知り合いである向井さん(仮名)に会う。このお店は、大阪の台湾観光局の人が「台湾的な魚料理が食べられる店」として紹介してくれたのだ。
人気店だからと向井さんが予約をとってくれていたので、スムーズに食事をすることができた。久々に会う彼女は、最初こそ、異国で生活をはじめたばかりの苦労のためか少し大人っぽくなったように見えたが、話しだすと昔ながらのコテコテの関西弁で、結局のところ学生時代と変わらない印象。ただ、流ちょうな中国語でさっと注文した姿は、さすがに堂に入っていた。
向井さんのおかげで、冷やし中華の元祖のような担仔麺(タンツーメン)はもちろんのこと、ぜひ食べたかった台湾の国民的魚サバヒーも、焼き魚とスープで堪能。いろいろ近況も聞けたし、嬉しい再会だった。
ただ、暑さ対策について尋ねたさいは、ばっさりと「昼間は暑すぎるから台湾の人も出歩きませんよ。熱中症になるかもしれないし、ホテルで寝てはったらどうですか」と言われてしまった。もちろん、あと1日半しか台北にいないという事実に目をつむれば、喜んでそうするのだが……。
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しばし悩んだが、結局、向井さんの忠告に従うことにして、食後に近所の公園でタイワンリスと戯れたあと、ホテルに向かった。すこし休んでから、龍山寺界隈を観光することに。その道中、人生でもトップ・クラスに衝撃的な食べ物を食べた。
台北中央駅の地下街を通ったさい、臭豆腐屋が目に入った――それ以前に、鼻に入った。「L」のマスターが臭豆腐を面白おかしく紹介してくれたことや、旅の初日に揚げたものを食べて思ったよりも臭くなかったことが引き金となり、「せっかくだから、この『臭臭鍋』というすごい名前の料理を食べてやろう」という好奇心がわいてくる。
それなりの広さがある店だったが、店員が一人しか見当たらなかったので、注文しやすいようにオープン・キッチンのまえの席にすわった。これが失敗の元だった。
カモの血の煮こごりが入った臭臭鍋を頼む。臭豆腐の臭いはそれまでにも嗅いでいたが、目のまえの鍋から立ちのぼってくる臭いを顔面に受けてみると、その衝撃はまるで格がちがった。夏場、生ゴミを放置していたゴミ箱に顔をつっこんで深呼吸しているような気分。
勇を鼓して臭豆腐を食べてみるが、臭いがきつすぎて味なんてさっぱり分からない。しかも、今度は外からだけではなく、自分の体の内部からもこの臭いが立ちのぼってくる。まさに前門のトラ、後門のオオカミ。顔中、変な汗まみれになる。カモの血の煮こごりがサッパリ味で、清涼感を与えてくれたのが唯一の救いだった。
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食べすすめる気力も失せ、「私が悪うございました」ということばが頭から離れない。自分はどんな料理でもおいしく食べられる、と思いあがっていた。こんなムチャなことはすべきではなかった。「C」のママさんも、臭豆腐は食べるなと忠告してくれたのに……。大人になってから初めて注文した品を食べずに帰ろうかと思ったが、キッチンからじっとこちらを観察している店員と目が合い、逃げ出すタイミングを逸してしまった。
なんとか食べ終わって、というよりすべてを飲み込み終わって顔をあげると、店員が心配そうな顔で「ソレガ好キカ?」とカタコトの英語で聞いてくる。胃からこみあげてくる臭気に耐えるのに必死で、私は一言も発したくはなかったが、なんとか「アマリニモ『エキゾチック』デアッタ」と答えて店をあとにした。
それ以降、臭豆腐の臭いをかぐたびに気分が悪くなった。「好奇心はネコをも殺す」というのは、たしか中学か高校で習ったイギリスのことわざだったと思う。
夕方になって、ようやく元気をとりもどせたので、龍山寺ちかくの華西街観光夜市に出かける。目当ては、夜市とヘビ料理。私が、台湾では珍しい物を食べたいと言ったら、旅程を考えてくれた件の女性が、ここのヘビ料理を紹介してくれたのである。ただし、ヘビは漢方の精力剤らしく、この夜市も本来は成人男性向けだという。そういう知識が頭にあったので、ふつうの足つぼマッサージ屋なのだろうけど、店先に立っているおばさんに日本語で「お兄さん、マッサージどう?」と声をかけられるたびに、オッと身がまえてしまった。なぜ日本人だと見抜かれたのかは不明。
ヘビ料理屋は、店先に生きた大蛇がいて、雰囲気満点。臭豆腐の失敗もすっかり忘れて、ワクワクしながらヘビ炒めを注文した。スッポンのお吸い物がついてきたのが、いかにも「アンタも好きね」という感じである。ヘビ肉は臭み消しのためか、薬膳酒に漬けこんであったようで、ヘビの味はさっぱり分からず、漢方薬とアルコールの風味しか感じない。小骨のせいか、食感はハモのようだった。
「なんだ、こんなもんか」と思いながら店を出ると、外はすっかり暗くなり、それまでただの通路だったところに、みっしりと屋台が出ている。突然風景が変わって夜市が登場したので、非現実的な気分になった。このとき、幻想世界に迷い込んだような気分になったのは、ヘビ料理につかわれたであろう薬膳酒のせいかもしれない。
それにしても、この衛生観念はどうだろう。路上で、というか「歩道」と「店先」の区別がはっきりしないので、正確にはどういう場所なのか分からないが、とにかく人が行きかう道端の水道で食器を洗い、そのそばを排水溝から上がってきたゴキブリが駆けぬける。こんなところで、日本人女性が食事したりするものだろうか。悲鳴をあげて逃げ出しそうだが。そんな気持ちで、ひととおり歩いて回ることにした。
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しばらくしてから、食べ物の屋台だけでなく、スマートボールのようなゲームがならんでいたり、お面をはじめ、かつて駄菓子屋の店頭にならんでいたようなオモチャが売られていたりすることに気づいた。ふいに既視感を覚える。そうだ、これは子供のころ祭りの夜に見ていた景色だ……。
そのことに気づいたとたん、懐かしい想いがワッとあふれてきて、のどの奥が熱くなった。縁日の人ごみのなかではぐれてしまった母の背中をさがす子供のような気持ちになり、往来に立ちつくしてしまう。なるほど、台湾にはまる人が多いわけだ。「台湾にはまったのはいつか」と聞かれたら、この夜市で立ちつくしてしまった瞬間だと答えるだろう。
その感動に背中を押され、せっかくだからなにか食べてみようと、向井さんが夏バテに良いと勧めてくれたブタの血の煮こごりのスープを食べてから、ホテルにもどった。とくに美味しいとは思わなかったが、汗だくの私に扇風機を向けてくれた店の人の心づかいが嬉しかった。
6月22日:台北・桃園・大阪
帰国便は夕方発だったので、最終日もほぼ丸一日つかえたのだが、暑さにすっかり体力を消耗していたこともあって、「C」のママさんに薦められた「周記」で朝ごはんを食べ、龍山寺界隈を散策するだけで、空港に向かうことにした。
「周記」は、お粥で有名なお店。「お粥」といっても、胃腸が弱っているときにサラッと食べるような軽いものではなく、具だくさんで味がしっかりしており、日本人の感覚からすれば「おじや」に近いと思う。現地の人にとっては、寝起きからこんなにガッツリしたものを食べるのが当たり前らしい。私は、お粥2杯に、おかずとして唐揚げと興味本位で「鯊魚」を頼んだ。これは「ハゼ」ではなく「サメ」の燻製。サッパリしていて、お粥との相性が抜群だった。
龍山寺は、歴史のあるお寺自体も立派だが、かつての日本みたいに神仏習合のため、道教の神様も祀られている点が興味深かった。私が大好きな『三国志演義』に出てくる関羽や華佗が、仏教のお寺に祀ってあるのだ。また、多くの若い人たちが祈りをささげている姿も、印象深かった。なお、ここでは、向井さんが「ご利益抜群」と太鼓判を押した、月下老人(?)の恋愛成就のお守りを将棋の先生のために買って帰ったのだが、その後すぐに彼が結婚することになり、その即効性にとても驚いた。
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龍山寺見物後、お土産探しの合間に、龍山寺ちかくのいかにも若い女性が好きそうなお店で休憩したのだが、ここで食べた餅がかなり好印象だった。ただ、残念ながら名前をメモするのを忘れてしまい、いったいなんという食べ物なのか今もって不明。
土産物屋を回っているとき、新鮮だったのは、私のカタコト英語が通じないと、しばしばスマートフォンの翻訳アプリを利用させられたこと。店員が、何事か言いながら、スマートフォンを私につきつける。そこに英語で話しかけると、即時に中国語に翻訳され、コミュニケーションがとれるというわけだ。とくに緊張したのは、「L」のマスターのために栓抜きを探していたときで、“bottle opener”の発音はおろか、そもそも単語が合っているのかも自信がなかった。そういうわけで、あまりパッとしない栓抜きだったが、無事に購入できたときはガッツポーズでもしたいような気分だった。
とにかく暑いので歩き回る元気もなく、お土産を買ったらさっさと空港に向かおうと思っていたのに、適当に換金したせいで台湾ドルが大量に余ってしまい、途方にくれる。予想以上に物価が安かったのだ。お金を無駄にしないように、市内と空港でさらに2食食べたが、それでもたっぷりとドル札が財布に残っていた。「これは、また台湾に来いというお告げだろう」と自分に都合よく解釈して、飛行機に乗り込んだ。