救急医療と薬剤師国家試験
薬学生時代、私たちは膨大な知識を詰め込み、薬剤師国家試験に挑みます。しかし、いざ臨床の現場に立つと、「あの勉強は今、どう役立っているのだろう?」と感じる方もいるかもしれません。特に、救急集中治療のような高度な医療現場では、基礎知識が不可欠です。そこで、過去の国家試験問題と、私が作成した典型的な症例を比較することで、学んだ知識が臨床でどのように活かされるのかを具体的に示したいと思います。この教材が、皆さんの学習のモチベーションを高め、より実践的な薬剤師へと成長する一助となれば幸いです。
第106回薬剤師国家試験 問230〜231
72歳男性。1ヶ月前に妻と死別後独居となり、毎日ほとんど食事をとらず、アルコールを多量に摂取していた。ある朝、娘が自宅を訪れたところ、意識消失状態で床に倒れていたため、救急車を呼び救急病院に搬送された。診察の結果、ウェルニッケ脳症を疑い、治療を開始した。
入院時所見:
身長167cm、体重50kg、尿量30mL/h
血清クレアチニン値0.65mg/dL、Na 150mEq/L、K 4.0mEq/L
問230(実務)
入院時に投与するのが適切なのはどれか。2つ選べ。
高カロリー輸液
生理食塩水
5%ブドウ糖加酢酸リンゲル液
ビタミンB1製剤
カリウム製剤
問231(衛生)
この患者の病態と栄養状態に関する記述のうち、誤っているのはどれか。1つ選べ。
十分な食事をしていないため、エネルギー代謝の主体が、脂肪やタンパク質から糖中心に変わっていると考えられる。
この患者では、グルコースからのATP産生が低下していると考えられる。
この患者におけるウェルニッケ脳症の発症には、アルコールの多量摂取が関与している。
この患者に一般食(2000kcal/日)を与えると、ウェルニッケ脳症が悪化すると考えられる。
この患者に一般食(2000kcal/日)を与えると、リフィーディングシンドロームを引き起こすことがある。
この国家試験にでるような症例は、救急集中治療領域ではよく経験します。以下は私が作成した典型症例にはなりますが、薬学生の皆さんも患者の状態を理解して薬物治療を想定することができるのはないでしょうか。頑張って下さいね!!
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患者情報
52歳男性
主訴
けいれん発作
現病歴
患者は自宅で突然けいれんを起こし、意識が消失。家族が救急車を呼び、緊急搬送された。けいれんは約3分間持続し、救急隊到着時には収まっていたが、意識は混濁していた。家族の話では、ここ数日間、イライラが増しており、食事量の減少や寝つきの悪さがみられていた。また、昨日から手の震えが目立つようになり、本人も「具合が悪い」と訴えていたとのこと。
さらに、最近1か月間、記憶力の低下が目立つようになり、特に新しい情報の記憶が困難な様子がみられていた。加えて、数週間前から歩行時のふらつきがあり、何度か転倒していたが本人は「飲み過ぎのせい」と軽視していた。
生活歴
患者は毎日夕方からウイスキー(1日約300ml)を常飲しており、飲酒は20年以上続けている。過去に何度か飲酒を減らそうと試みたが、いずれも数日以内に再飲酒している。家族によると、最後の飲酒は2日前で、それ以降は禁酒状態だった。
既往歴
うつ病(5年前に診断、内服治療歴なし)
家族歴
特記事項なし
内服薬
なし
バイタルサイン(来院時)
・体温: 37.8°C
・血圧: 162/94 mmHg
・脈拍: 112回/分(洞調律)
・呼吸数: 20回/分
・酸素飽和度: 96%(室内気)
身体所見
意識レベルはJCS 20(応答ありだが意識混濁)。両手の振戦が認められ、発汗が多い。瞳孔は3.0-3.0、対光反射は正常。呼吸音に異常なし。腹部は軟で圧痛なし。黄疸が認められる
検査所見
血液検査:
AST 45 U/L、ALT 32 U/L
γ-GTP 180 U/L
血糖値:98 mg/dL
電解質異常:軽度の低カリウム血症(3.3 mEq/L)
頭部CT:明らかな異常なし
解説
この症例では、慢性の飲酒によりビタミンB1欠乏が進行し、ウェルニッケ脳症の三徴(意識障害、眼球運動障害、小脳失調)の一部症状が確認されています。さらに急な禁酒がアルコール離脱症候群を誘発し、けいれん発作を呈したと考えられます。迅速なビタミンB1投与が重要となります。また、リフィーディングシンドローム(Refeeding Syndrome)は、栄養状態が著しく低下している患者に急激な栄養補給を行うことで、電解質異常や代謝異常を引き起こす危険性のある状態です。本症例では、長期の慢性飲酒に伴う栄養不良やビタミンB1欠乏が認められるため、リフィーディングシンドロームの発症リスクを考慮した慎重な栄養管理が必要です。