新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(2)無間蛇地獄。
植松拓哉は信じられなかった。
いくら次々と男子格闘家を倒してきた ” 史上最強の女 NOZOMI“ といえども、所詮女ではないか。今まで28戦、このオレと戦って3Rまで持ったのは5〜6人しかいない。勿論、全て男子格闘家相手。女がどうしてここまで戦えるのか? 1Rはこの女独特の間合い、リズム感、何をしてくるか分からないという違和感があって仕方ない。しかし2Rは本気で倒しに行った。殴り、蹴り、そして首絞めの体勢になった時は極まったと思った。しかし、この軟体生物はどうやっても極められない。絞め上げても、関節を極めにかかってもだめだ。二重三重に関節があるとしか思えない。こいつは何者なのだ? 蛇の化身? 雌蛇NOZOMI、、、。
NOZOMIは次の3Rで格闘技人生のすべてを賭け植松拓哉に挑もうと思っている。決着付かなければ最大延長5Rまで用意されているのだが、そうなったら棄権するしかないだろう。私は次のラウンドで燃え尽きるのだから。ふと、この前の試合で、堂島妹が兄を破った試合を思い出した。
“ この試合の勝敗に関係なく、一年後のこの舞台で私は兄を破った堂島麻美と戦わなければならない。それは、堂島源太郎さんを亡き者にした私の宿命なのだ。でも、私はこの試合で燃え尽きようとしている。余力が残っているかしら? 否、 今は目の前にいる植松拓哉さんに全力集中しよう。そうでないと殺されてしまう… ”
最終第3ラウンドのゴングが鳴った。
日頃、 ” 女なんか…” と思っている植松だが甘く見ている訳ではなく、油断してはならないと自分に言い聞かせていた。
彼にはNOZOMIが一時代を築いたMMA無差別級王者だった渡瀬耕作に挑んだ試合が頭にあった。渡瀬の戦い方は本気とは言い難かったが、最後、下からの三角絞めでその肩を脱臼させられている。そこでNOZOMIが勝負を決めようと飛び込んで来なければ渡瀬はレフェリーストップによるTKO負けを喫していたことだろう。その残像が頭に焼き付いて離れない。女が自分より30㎏も重い無差別級の元男子王者をあそこまで追い込むのは尋常ではない。内心NOZOMIに対し恐れも感じていた。
第3ラウンド。
ゴングと同時に植松は突進していった。そこへカウンター気味NOZOMIの矢のような右ストレートが飛び植松の顔面を掠る。もう少し内側に入っていれば、いくらタフな植松といえども倒れただろう。NOZOMIの懐は深く植松はやりにくさを感じていた。今の右ストレートで一層警戒心が強くなった。それでも、植松は慎重に攻めNOZOMIをコーナーに追い込んでいく。打撃戦でもグラップリングでも植松はNOZOMIを圧倒しているが、最後は打撃による一発で決めてやろうと考えていた。
植松は焦っていた。
この試合を終えたら、公に全米(世界)MMA王者に挑戦しようと決めており、関係者にもその旨は伝えてある。会場の片隅には全米王者ドナルド・ニコルソンの関係者が視察に訪れているという情報も入っている。
『打倒ニコルソン』を目指してきた植松にとって、その関係者が観ている前で女子相手に苦戦するわけにはいかない。延長までもつれ込まれたらバカにされかねない。
絶対にこの回で決着を付けてやる!
尚も植松の容赦ない打撃が続く、この回で完全燃焼しようと考えていたNOZOMIだったがまったく隙が見つからない。逆に植松の猛攻にダウン寸前である。
冷酷な氷点下の男 植松拓哉が顔を紅潮させ炎のように熱くなっている。
“オレはニコルソンに挑戦する。その前に、こんな女なんかにいつまでも構ってなんかいられない。ここで倒してやる!”
植松はここが勝負所と思っていた。
リング中央で植松の右フックが飛んできた。それを避けようとしたNOZOMIのバランスが崩れスリップダウン。そこへマウント狙いの植松が飛び掛かろうとするが、それより先にNOZOMIの長い脚が植松の足を引っ掛けた。いつもは冷静な植松だが、決着を付けようと頭に血が上っていたのか?それを避けきれず尻餅をついた。
ここしかない!
雌蛇が氷点下の男に襲いかかると背後に回った。そして、蛇が獲物を捕らえるようにその身体に巻き付いた。まるで紐のような腕が植松の首を締め付け、両脚もその胴体に巻き付く胴締めスリーパー。
(実況)
「おお!KO負け寸前と思われたNOZOMIがこの試合初めて攻勢に出たぞ。その蛇のように靭やかで長い手足が植松の身体に巻き付いた。こ、これが、、多くの男子格闘家を葬ってきた無間蛇地獄だ!植松はこれを逃れることは出来るのか?」
植松拓哉は勝負を焦り熱くなったことを悔いた。自分らしくもない、、、でも、まだ完全には極まっていない。冷静になろうと自分に言い聞かせた。彼は紐のように絡み付くNOZOMIの手足を必死に振りほどこうとするのだが、もがけばもがくほど、ジワジワとNOZOMIの手足が深く絡み植松の全身に密着する。それでも強引に力任せに外そうとしたのは間違いであった。
無間蛇地獄。。。
NOZOMIのこの技は「沼」だと植松は思った。逃れようとすればするほど沈む。一度落ちてしまうと絶対抜け出せない沼。
雌蛇に捕らえられ脱出しようとする植松の姿は蜘蛛の巣に引っ掛かりもがいている獲物そのものだ。そして、完全にNOZOMIの長い手足は植松の身体に寸分の隙もないほどに密着し絡み付いた。
“もうどうやっても逃げられない、、オレは女に負けてしまうのか? 女に絞め上げられ失神してしまうのか? こんな屈辱的なことはない。会場ではドナルド・ニコルソンの関係者が観ている。こんな女に負けてしまう男の挑戦なんて受けるはずがない。オレの夢は潰えた。悔しい… ”
やがて、植松拓哉の動きは完全に止まるとレフェリーが大きく手をふった。
NOZOMIが植松の身体を解放すると仰向けに失神している。セコンドやドクターが植松の周囲を取り囲む。
日本総合格闘技界パウンド・フォー・パウンド、最強の不敗男 植松拓哉 が、女子選手にリング上で失神させられてしまった。
その光景に、会場は歓声とも悲鳴ともつかない騒然としたムードに包まれた。
NOZOMIも燃え尽きていた。
数分後、意識を取り戻した植松拓哉の視線の先で、向こう側のコーナーポストにもたれかかり座り込んでいるNOZOMIの姿が見えた。その顔は痣だらけで一歩も歩けない状態なのか? 目が合った植松に頭を下げると勝ち名乗りも受けることなく関係者に支えられリングを降りた。植松はあんなになってまで戦った彼女を称えたくもあったが屈辱と恥辱で悔し涙を流すのだった。
“ このオレが、誰にも負けたことのないオレが、こんな大勢が観ている前で無惨にも女に失神させられ負けてしまった、、、”
NOZOMIは戦う最中、スタンディングでもグラップリングでも、まともに戦えば植松の攻撃を凌ぐだけで精一杯、自分の攻め手は全く見つからないと分かっていた。それでも、決着を付けようと仕留めにかかる相手には必ず隙が出来るものだ。その一瞬の間(隙)を絶対逃さない!と思いながら攻撃を受けていた。それを逃がしてしまえばお終いなのだ。それに、そこまで自分の身体が持つのか?も心配だった。
その一瞬の間こそが、NOZOMIの「雌蛇の罠」なのだった。そして、脱出不可能の「無間蛇地獄」が待ち構えていた。
植松拓哉はその罠にまんまとはまってしまったことになる。
NOZOMIこと山吹望は、女子でありながら日本総合格闘技界男子の階級で王者の座に就いたことになる。しかも、自分より一階級重い70㎏以下級でである。
その後。
完全燃焼したNOZOMIは、この時既に28才になっており衰えも感じていた。体力的な衰えより精神的な面が大きいだろう。リベンジを誓い、逆にNOZOMIに挑戦してきた植松拓哉に対し「限界 」を理由にそれを受けることはなかった。
しかし、ASAMIこと堂島麻美の挑戦だけは受ける責任がある。その一戦を最後に引退することを表明。
そして、、、この後のことは。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
最後の数編を読んで頂ければ幸いです。
さて、その後のNOZOMIを始めとしたNLFS女子ファイターたちはどうなったのでしょうね? 堂島龍太、麻美の兄妹は?
物語は新たな展開になってゆきます。
つづく。