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性の越境者マリア残酷物語(15)女装子をめぐる男同士の争い?
その日曜の朝。
小林俊也はマリアに電話を入れてみた。
「小林だけどマリアか? 否、普段は池田だったな。今日あたり会えないかな?」
「ごめん。今日は出掛ける。もうちょっと待って。こっちから連絡するから」
「そうか、、、じゃ、待ってるよ…」
ずっとこんな感じが続いている。
心なしか避けられているようにも感じる。
もう、池田はマリアとして自分とは会ってくれないのではないか?と不安になる。
小林がマリアのことを「好きになったかもしれない」と言った時、池田は「そんな気持ちでいられる限り会えない」と言った。
ノンケの同性同士なのだから、割り切った関係でいるのが一番良いのは頭では理解している。それでも、会えなければ会えないほどマリアが頭から離れない。
(俺はマリアの体だけでなく、心まで欲しているのか? ああ、、悩ましいマリア)
小林にはマリアに男がいるのではないか?との疑念がある。他の男に抱かれるマリアを思うと気が狂いそうだ。居ても立ってもいられなくなった小林はある決心をした。
(連絡なしにいきなり会いに行くのはマナーに反するが、このままじゃ埒が明かない。
きっと、「今日は出掛ける」というのは、俺と会わない為の口実だろう。疑心暗鬼になってしまう。もし、部屋にいたら問い質してみよう。その結果ふられたら潔く諦めるしかない。ん!諦められるだろうか? 俺の心の中では、親友池田裕和より、恋人?マリアの存在の方が大きくなっている。マリアと別れるということは? 長年続いた池田との親友関係も終わりを意味する)
小林が池田裕和の住む駅に降りたのは、夕方4時半頃であった。ある覚悟を持ってやって来たというのに、その決心は揺らぎ始めていた。ふたりの間では、いきなり訪ねるのは厳禁との約束事があったからだ。
目の前の立ち飲み屋が目に入った。
(少しひっかけてから行こうか? 池田は毎週「ちびまる子ちゃん」「サザエさん」を楽しみに観ているらしいから、一緒に観ることが出来たらいいけどな…)
軽くひっかけて行くつもりだったが、こんなことをしていいのだろうか?と、自身の理性と向き合っているうちに何杯も酒を飲んでしまったようだ。気が付くとかなりの酔いを感じ時間は6時半を過ぎていた。
(こんな酔っ払っていきなり会いに行けば嫌われるに決まってるな? 今日のところは止めにしてまたにしよう…)
小林はそう自身に言い訳をして店を出た。
そのままほろ酔い加減で改札口に向かおうとした時だった。
目の前に男と女が腕を組んで寄り添いながら通り過ぎて行った。小林はハッとした。
マ、マリア??
あれはマリアではないか? 否、間違いなくマリアだ! マリアが男と仲良さげに腕を組んで歩いている。小林はいっぺんに酔いが冷める思いだった。恐る恐るふたりの跡を追った。マリアといる男の後ろ姿に見覚えがあるような気がする。激しい嫉妬。
しばらく追跡すると、マリアと男は人通りの少ない路地に入って行った。チラッと、
男の横顔が見えた。
あ、あれは、、野上? 野上徹だ!!
野上が何故こんなところに???
しかもマリアと一緒に寄り添って歩いているなんて、、、事態が飲み込めない。頭がパニックに陥りそうだ。
すると、何としたことか?マリアと野上は物陰に隠れるように路上キッスを始めた。呆然として小林は見ていたが、どうしていいのか分からない。ふたりのキスは益々激しくなり舌を絡ませている。
小林はカッとなり感情を抑えられない。
気が付くとふたりの前に飛び出していた。
「マ、マリア、、何をしているんだ!」
マリアと野上は振り返った。
顔を真っ赤にした小林俊也がやってくる。
マリアが驚いたようにつぶやく。
「と、俊也、、 ど、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ! お前らふたり、どうしてこんなところでイチャイチャしてるんだ! そう云うことだったんだな?俺と会いたくないのは、野上と出来てるからだったんだな?」
「違う! 落ち着け小林…」
野上が激昂している小林を宥めるように言った。しかし、小林は野上に向き変えると歩み寄りその胸ぐらを掴んだ。
「野上、お前ってやつは!」
小林は野上を殴打した。
野上は塀にもたれかかるようにして尻餅をついた。口端には血が滲んでいる。
「野上! お前は大学時代にも、俺に内緒で片野千栄子デートしたって言ってたよな?今度はマリアを奪うつもりなのか?」
マリアは一人の女をめぐる男同士の喧嘩をどうすることも出来ない。その原因を作った女は自分なのだ。でも、マリアは女ではなく男なのだ。
小林に殴られた野上は必死に宥めようとするも彼は完全に逆上している。二発目、三発目と飛んでくる拳から顔をガードすることしか出来ない。野上としても、マリアとのディープキッスを目撃されてしまった後ろめたさがある。友の恋人?を奪ってしまった罪悪感がある。自分の顔を守りながら相手が落ち着くのを待った。
ケンカだ! ケンカだ!
周囲に人が集まった。
マリアは焦った。自分のような女装子をめぐって二人の男が争っている。そこへ野次馬が集まってきた。このままでは通報されお巡りさんが来てしまうかもしれない。
「小林、やめて! 僕は女じゃない、、男なんだよ。女装男の奪い合いでケンカするなんておかしいよ! 人が集まってきたよ」
マリアは思わず大声で叫んだ。
“ええ!男なのか?”
野次馬からそんな声が飛んできた。
小林はハッとしたように野上から離れると振り返った。まだハアハアしているが少し落ち着いたようだ。野上が血の滲んだ口端に手をやりながらマリアと小林に言った。
「さ、三人で話し合おう。近くに車を止めてあるから、これからマリアの部屋に行ってちゃんと話し合おう」
小林は黙って頷いた。しかし、マリアは思い詰めた表情でうつ向いている。
「あ、貴方たち! 何をしてるんだ!ケンカか!? 通報があったぞ」
巡査二人が走って来ると、小林と野上の方に厳しい顔で歩み寄った。
一人はあの浅野巡査だ。そして、マリアと目が合うと明らかに表情が変わった。(最悪なことになった)と思ったが、こうなったらもうどうにもならない。
「さあ! 見せ物じゃありませんよ。みんな向こうへ行って! どいて、どいて!」
巡査二人は野次馬を追い払うと、三人を交番まで連れて行き事情を聞くのだった。
「女性をめぐる仲間内のケンカはよくあることだけど、一人は殴られて口を切ったようですからね。一応、身分証明書があればお願いします」
小林と野上は免許証を提示。
しかし、マリアは持ち歩いていない。
「女性の方、お名前と住所を書いて下さい」
マリアは素直に従った。
「池田、、ヒロカズって読むんですか?」
「は、はい!」
浅野巡査はジッとマリアを見詰めた。
「またお会いしましたね。以前、職質したことありましたよね? あの頃よりずっと女性らしくなってますが、気を付けて下さいと言ったはずなんですがね。今日はちょっとスカートが短すぎますね…」
「は、はい。気を付けます」
浅野巡査は小林と野上に目を向けた。
「仲間内のケンカで被害届も出さないということなので、これで解放しますが、これ以上ケンカをしないようにして下さい」
解放された三人。
「じゃ、マリアの部屋に行って穏やかに話し合おう。車を出してくる…」
野上がそう言って駐車場の方へ向かった。
「ちょっと待って! 二人とも僕の部屋に来ないで! もう、二度と来ないで!」
「マ、マリア、、、」
小林と野上は同時に声を上げた。
マリアはそのまま二人の前から走り去るとタクシーに飛び乗った。
呆然と立ち尽くす小林と野上。
つづく。