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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(28)女子が男子に格闘技で挑んできた歴史。
12月に入っていた。
年末の『G』主催格闘技戦まで一ヶ月を切った。この大会に出場するNLFS女子選手はAKANEこと植松あかね、そして、スパイダー・美由紀こと奥平美由紀である。
アカネの相手はMMA65kg以下級絶対王者鞍馬友樹。美由紀の相手はボクシング界の風雲児二階堂毅彦である。
NLFSの女子流格闘術も、山吹望(NOZOMI)や堂島麻美(ASAMI)が引退して以降、徐々に男子選手に研究され対策を講じられると勝つのは難しくなってきていた。そんな時に現れたのが植松あかねである。
アカネは次々と男子格闘家を撃破すると、鞍馬への挑戦権をかけ、65kg以下級1位の西村仁と対戦、その足首を破壊した。
あの植松拓哉の娘、女王蜂AKANEならば、何かをするかもしれない、、そんな期待の声もあるが相手は絶対王者鞍馬友樹である。
鞍馬はレスリングのグレコローマンスタイルで五輪出場するとメダルこそ逃したが、準決勝まで進んでいる。それから総合に転向すると、圧倒的な強さで無敗のままあっという間に王者にまで上り詰めた。彼は相手をクラッチすると自由にその体をコントロールし、ムエタイの心得もあるようで、打撃戦でも相手を圧倒する。そんな男にアカネはどう戦おうというのか?
奥平美由紀が宍戸拳児に見込まれ、その指導を受けていることは知られていた。
とは言っても、ボクシング経験のない16才少女が、ボクシングルールで男子ボクサーと、しかも将来の世界王者も期待される二階堂毅彦と戦わせるというのだから一部に人道的に許されない試合との声もある。
アカネも美由紀もこんな危険な相手、難しい試合に臨まなくてはならないことにシルヴィア滝田は不安を感じていた。
それでも、シルヴィアは思い出していた。女子が男子に格闘技で挑んできた歴史。
あの時も世間では人道的に許されない禁断のシュートマッチと言われていた。
今から24年前。
山吹望という女子格闘家が、元日本王者の男子キックボクサーである堂島源太郎に異性異種格闘技戦で挑んだ試合。それまでは公式の場で男女が同じリングで拳を交えるなんて考えられなかった。脚本あるプロレスとは違う。“倒すか倒されるか” の真剣勝負でありそれはあまりにも危険なこと。
ところがその試合は、男子キックボクサーが当時17才少女格闘家の腕の中で失神。
男がリングでうつ伏せに倒れている時の悲鳴とも歓声ともつかない騒然としたムードは異様であった。目の前の光景に誰もが自分の目を疑ったに違いない。
山吹望はその後も、当時キック界の超天才ダン・嶋原とキックルールで戦い、踵落としからその鎖骨を砕いた。総合格闘技無差別級元王者であった渡瀬耕作との戦いでは敗れたとはいえ、その肩を脱臼させKO寸前まで追い込んだ。そして、氷点下の男、植松拓哉を無間蛇地獄で絞め落とした。
シルヴィアは自身のことも思い出す。
当時、ケンカ空手少女と言われたシルヴィアのデビュー戦は、自分より倍以上大きい元幕内力士 雷豪 の顔面を潰した。雷豪の鼻が変形するほどの正拳突き。18才女子高生に元幕内力士が倒された時の場内の異様などよめきが今も耳に残っている。
そして、堂島兄妹の試合。
兄と妹による究極の男女真剣勝負は、妹の麻美が兄の龍太を倒した。今、考えるとあれこそ禁断のシュートマッチだと思う。
シルヴィアは思う。
アカネも美由紀も今度の試合はとても難しいと思う。勝算は99%ないだろう。世間もそう見ている。しかし、、NLFSの歴史を思い返すと、その殆どは同じように見られていた。そんな前評判をはね返してきたのがNLFSスピリットだったのだ。
“女子でも男子と対等に戦える” それを世間に証明してきたNLFSの歴史をシルヴィアは誇りに思っているのであった。
“アカネ!美由紀! アナタ達なら何かをやってくれる。勝てないまでも爪痕は残す”
密会。
年末まで二週間の12月某日。
忘年会らしきものをやろうか?との口実で植松拓哉は鳩中敦を誘った。植松は世間に知られる顔、、アツシもあの文化祭以来多少知られている。二人の密会はいつも人目を忍んで車で移動する。
夕方4時、約束場所のひとけのない公園前に植松は車を止めると一人の少女が何処からともなくやってきた。薄手の赤ダウンジャケットに膝下のタイトな黒スカート。肩まで伸びた髪。植松は誰だか分からない。少女は車の窓をトントン叩く。
「植松のおじさん。ボクだよ!ボク。 アツシですよ。こんな格好で来ちゃった…」
植松は慌てて少女を車に招き入れた。
「どうしたんだアツシ。スカートなんか穿いちゃって、、、君は男の子だろう?」
「うん…。以前にも言ったけど、ボクは男にも女にもなりたいんだ。たまにはこんな姿でおじさんに逢いたいなって。それに、文化祭以来、結構顔を知られちゃって、女の子に化けていれば分からない かな?って。ダメだったかな?」
「ダメじゃないけどびっくりだ。その姿は誰が見たって女の子にしか見えない」
アツシはうっすらと化粧をしていた。髪もウイッグだろう。文化祭のビデオで観た清楚な女子高生姿だったアツシと違い、目の前にいるアツシは少女と言うより、幾分大人の女の色気を醸し出している。
二人はそのまま予約してあるレストランに向かった。周囲の目を警戒しながらそこの個室に入ったのだった。
その日、植松との逢瀬が負担になり、このままでは彼を傷付けることになると思っていたアツシは、演劇部の活動に身を入れたいからとの理由(口実)で、今後二人だけで逢うのは止めようと話すつもりだった。
“ボクは女の子じゃないけど、植松のおじさんって本当に不器用で女の子の扱い方が下手なんだな。それに中年男性の孤独が滲み出ていて別れ話なんか出来そうもない。しばらくこのままの関係を続けよう。とてもやさしいし、ボクも好きになりそう…”
アツシは今まで経験したことのない自身の感情に戸惑っていた。最初は只の悪戯心で植松を誘惑していたのに、知らず知らずのうちに彼の人柄に惹かれていくのを自覚していた。このままではこっちまで本気になってしまう。アツシも植松と同じく本当に人を好きになった経験がなかった。
ふたりの幸福な時間は過ぎた。
植松は車でアツシをマンションまで送ると車を止めその肩を抱きしめディープキス。植松はスカート姿のアツシの温もりにドキドキしていた。股間も反応する。
「そんな格好(女装)で帰ったら、お姉さんに不審に思われるんじゃないのか?」
「大丈夫!大会までもうすぐで忙しいんだって。2〜3日留守にするって…」
「そうなのか、、、今日もありがとう。又、年が明けて都合が付けば逢おう…」
アツシはジッと植松を見つめる。
「おじさん、お姉ちゃん留守だから泊まっていかない? 誰も来ないから …」
アツシの目は真剣だ。
植松は常識人であり自制心も強い。これは赦されない関係なのだ、、、大人の男として一線を超えてはならない。しかし、アツシの魔性の誘惑には逆らえない。ふたりの禁断の恋の行方はどうなるのだろうか?
その年もあと二日。
格闘技大会がある大晦日を翌日に控え、植松アカネと奧平美由紀は今年最後の練習を終えた。どちらも仕上がりは万全だ。
「みんな! 久しぶりだな。アカネちゃんも美由紀ちゃんも調子良さそうだ。二人とも相手は強いけど、女子と戦う男子のプレッシャーというのはかなりのもんだ。いくら意識しないようにしてもそんなもんじゃないんだ。俺は身を持って知ってるからな。そこに付け入る隙がある… 」
かつてのキック界の超天才、ダン・嶋原こと嶋原弾が道場に顔を出した。現在は(旧姓)奥村美沙子の配偶者である。
ダンはたまにNLFSの道場にやって来てはスクール生にキックボクシングの指導をしていたのだが、この一年以上は多忙で顔を出していない。今日は今年の道場打ち上げと
妻の美沙子が明日で退校するので挨拶にやってきたのだ。彼は明日の格闘技戦テレビ中継ゲスト解説者として呼ばれている。
「皆さん、(妻の)美沙子が大変お世話になりました。ありがとうございました」
「いいえ!お世話になったのはこちらです。美沙子さんは長年NLFSの選手として、指導者としてスクールの発展に貢献してくれました。寂しくなります…」
榊枝美樹の言葉に、嶋原弾、美沙子夫妻は感無量の様子だ。かつて、柔術マジシャンと言われた奥村(嶋原)美沙子の技術は後進のスクール生に受け継がれている。
「今までありがとうございます。美沙子さんのことは絶対忘れません。明日の試合、二階堂毅彦さんをKOして絶対勝ちますので見ていて下さいね!」
美沙子は “美由紀にプレッシャーなんて無縁みたいね…” と苦笑いを浮かべた。
そして、大会当日を迎えるのだった。
つづく。