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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(30)女王蜂の待つリングに向かおう!

二階堂と美由紀の試合は第2Rを迎える。

(実況)

「第1R終了真際、ダンスステップで挑発する二階堂の鼻筋に鮮やかなスパイダー美由紀のジャブが決まって、なんと二階堂は鼻血が、、、驚きましたね、嶋原さん」

「そうですね。美由紀君はとてもカンの鋭い子なんです。完全にあのパフォーマンス読んで狙ってましたね。撃ち抜くような見事なジャブでした。あれがストレートなら倒れてましたよ…」

「さあ!第2Rのゴングが鳴りました」

二階堂は完全に頭に血が上っていた。
セコンドから「落ち着け」と言われたが、正気を失っている彼の耳には入らない。
これは二階堂の性格。大勢の観ている前で女の子にジャブを食らい鼻血を流すという醜態、恥をかかされたからだ。
ゴングと同時に、顔を真っ赤にさせた二階堂が美由紀に襲いかかった。美由紀もそれに応じるようにカウンター狙いのパンチで返そうとするも二階堂の勢いに後退するしかない。あっという間にロープ際に追い込まれると上下左右からパンチが飛ぶ。

二階堂の持ち味は類い稀なスピードと、アウトボクシングから相手の様子を窺いチャンスと見るや正確なパンチで倒すもの。
そんな自分のボクシングを忘れ、ノーガードで突進して美由紀を力でねじ伏せるつもりだ。彼にしてみれば、こんな女の子相手に手こずる姿を見せたくない。作戦もクソもあるか! 圧倒的な力の違いを見せつけてやる!自分は男なのだと…。

美由紀は二階堂の猛攻を受けながらも巧みにそれを交わしている。二階堂は本気で倒しにきているのだが当たらない。彼は目の前にいる女の子には予知能力があるのではないか?という錯覚に陥った。
そんな筈はない!このまま打ち続ければ必ず隙が生じる。彼は自分を信じスタミナ配分なんぞ構わず尚もパンチを振るう。ここで一気に決着をつけるつもりなのだ。

リング下では美由紀のセコンド宍戸拳児が二人の攻防を冷静に見ていた。

“ 二階堂は素晴らしい素材なのに勿体ない。
周囲にちやほやされ甘やかされてここまできた彼は、一旦自分を見失うと抑えが利かない。今までの相手は力の違いで悪い癖が出なかったが、美由紀は妖術使いだ。あんな強引に攻めていれば当たる訳がない”
 
ところが、二階堂の右フックが美由紀のガードを突き破りヒット。ガードしていたのでクリーンヒットではないが、それでもそれは強烈で膝をつく。ダウンだ。
美由紀はレフェリーの「出来るか?」の声に笑みを浮かべながら頷くと、カウント9まで待ちゆっくり立ち上がった。

美由紀は宍戸拳児に作戦を授かっていた。二階堂は短気な性格、徹底的に奴のパンチを避け焦らしていけば必ずカッとなり冷静さを失う。それを誤魔化そうと変なパフォーマンスもするのでそこに隙が出来る。そして、彼の弱点であるあそこを狙え!
それでも、美由紀はガードの上から受けた右フックの破壊力が頭にある。ガードの上からでも何度も受ければ危ない…。

二階堂は自分のパンチが思うように当たらずイライラしていたが、ダウンを奪ったことで気を良くしていた。ここで、又、彼の悪い癖が出ることになる。
試合再開、2Rも半分が過ぎた。二階堂は美由紀の周囲をダンスステップでまわると挑発的なパフォーマンス。ジャブを繰り出しながら美由紀をコーナーに追い込んだ。ここで決着をつけるというアピールの、決めポーズから猛然とラッシュ。美由紀はそれをヒョイヒョイ交わし、すっとリング中央に戻った。追いかける二階堂。真正面から二階堂が美由紀を襲おうとした時だった。

美由紀がくノ一忍者のような妙なステップを踏んだ。しかし、それは二階堂のパフォーマンスのような無駄な動きではない。美由紀の形なのだ。戸惑う二階堂の視線から一瞬美由紀の姿が消えた。視線を下に向けると少女はしゃがんでいた。
二階堂は気負っている。意表を突いた美由紀の動きに対応することは出来ない。

しゃがんでいた美由紀が飛び上がってくると、下から突き上げるようなアッパーが二階堂の顎にめがけ飛んできた。

ズゴッ!!!

カエル飛びアッパーが二階堂の顎を完璧に直撃した。これは、昔、当時世界王者であった輪島功一が世界戦でも使ったことがある意表を突いたパンチである。

リング中央に倒れた二階堂は顎を抑えながら、信じられないといった表情で美由紀を見上げている。レフェリーが二階堂の様子を見ると口が変形している。明らかに顎を砕かれている。それを見たレフェリーが慌てて大きく手を振った。

ウオオオオォ゙〜!!

ボクシング界の寵児二階堂毅彦が、ボクシング経験のないまだ16才少女に、ボクシングルールで倒されるという大番狂わせに場内は騒然としたムードに包まれた。

(実況)

「これは驚きました!スパイダー美由紀はどんな変則的ボクシングを見せるかと思われましたが、なんとカエル飛びアッパーが飛び出しました。敗れた二階堂は顎が砕けた模様。嶋原さん!信じられませんね?」

「・・・・・・」

ダン嶋原は言葉が出てこない。
妻 美沙子が所属しているNLFSの少女達に、彼はたまにキックボクシングを教えに行くことがあった。この奧平美由紀にも何度か指導したことはある。教えることをすぐに吸収する美由紀の才能に恐れにも似た気持ちにもなったが、ここまでとは… 。
嶋原は蹲って顎に手をやりドクターのチェックを受けている二階堂に目をやった。
嶋原もかつて、100%有利なキックルールで雌蛇NOZOMIと戦い敗れたことがあった。そんな自分に二階堂の姿を重ね合わせていた。プロの男子ボクサーが、ボクシングルールでボクシング経験のない少女にKO負けを喫した。二階堂の将来が思いやられる。立ち直れるのか? そうでなければ一生この屈辱感を抱えて生きていくしかない。

“スパイダー・ガールこと奧平美由紀か?NLFSもとんでもない怪物? 否、魔女を抱え込んでしまったものだ…”


「美由紀、よくやったな!」

勝ち名乗りを受けた美由紀に宍戸拳児はそう声をかけた。美由紀は嬉しそうに頷く。
関係者に支えられリングを降りる二階堂に目をやると複雑な心境になった。

“見損なったぞ!二階堂毅彦。お前が本当に世界を狙える器なら、女子に負けた屈辱をバネに再起出来るはずだ。ところがその目は何だ? 完全に心を折られている目じゃないか…。お前は天狗になっていた。美由紀と戦わなくともいずれメッキは剥がれていたな。それにお前はグラスのジョーだ…”

宍戸としても、自分が指導した美由紀の勝利は嬉しくないはずはない。彼は公に美由紀のKO勝利を宣言していたが、本音の部分ではきつい戦いになると思っていた。ボクシングというスポーツはそんな甘いものではないからだ。現に、美由紀に何かあったらすぐにタオルを投げる用意をしていた。
一縷の望みに美由紀に授けた作戦は徹底したディフェンス。神から授かったような美由紀のカンの良さは予知能力者のようだ。反射神経も毒蛇と戦うマングースのようで人間離れしている。天才?二階堂といえども容易にパンチを当てることは出来ない。そうなれば、二階堂は頭に血が上ること必至。焦っている自分を誤魔化すような余裕のポーズ、つまり、あの二階堂ダンスと言われるパフォーマンスを必ず見せてくるはずだ。そこに隙が生じる。

「ここだ!と思ったら迷わずチン(顎)を狙え! 奴(二階堂)の細い顎はガラスだ、グラスジョーだ。そこを打ち抜け!」

試合前、宍戸は美由紀にそうアドバイスを送っていた。美由紀は素直な性格であり、それを忠実に実行して絵に描いたようにやってのけたのだから驚きであった。
宍戸は美由紀と抱き合って歓びを分かち合いながらも複雑でもある。

二階堂毅彦といえば、全日本新人王にもなり将来は世界をも狙える?と期待される男であった。そんな男が、この春まで中学生であった少女にボクシングルールで顎を砕かれKO負けしたのだ。格闘技ファンはそれを見てどう思うだろうか?

「おいおい、16才女子高生にKO負けかよ?ボクサーって弱いんだな…」

二階堂が倒された時、そんな声が客席から宍戸の耳に入ってきた。

“このままでは俺が心血を注いできたボクシングという格闘技が地に落ちてしまう…。”



大会は第8、9試合も無事に終えた。

「おじさん、次はいよいよアカネさんの出番だね! きっと勝てるよ」

客席で鳩中敦は緊張の面持ちの植松拓哉にそう声をかけた。

その頃、選手控室では王者鞍馬友樹が目を瞑りじっと精神集中をさせていた。
この試合に臨むにあたって、鞍馬は一つの結論に達していた。彼は尊敬する植松拓哉が雌蛇ことNOZOMIに敗れたのは、無意識のうちに女を本気で殴ることは出来ないという「罪意識」があったからだと考えている。氷点下の男と言われ冷酷な植松でさえ女に対しては非情になり切れなかった。
気が付けば、NOZOMIの無間蛇地獄で全身を絡まれていた。それを振り解こうとすればするほど深々と絡まれる底なし沼のような雌蛇の絞め技、、植松拓哉は失神した。

鞍馬友樹は植松拓哉の敗因は分かっていたので、そんな「罪意識」を捨てようとも考えたがそれは無理だ。女を本気で殴るということは、老人や子どもに暴力を振るうような罪悪感がある。シュートマッチと云ってもこの試合は殺し合いではない。最善を尽くして格闘技というスポーツで勝利を収める。最善を尽くすことと本気では微妙に違うのだと鞍馬は思い込もうとした。

“ 俺は植松さんの娘を殺しにリングに上がるのではない。勝ちに行くのだ”

鞍馬友樹(26)vs植松あかね(24)の試合は総合ルール。65kg以下級王者鞍馬に、あかねがタイトルをかけ挑戦する。計量では鞍馬176cm 64.5kg あかね175cm62.5kgであった。実は、鞍馬友樹は減量に苦労していた。ベスト・ウェートは68〜69kgと思われる。この試合を終えたら来年は70kg以下級に転向して二階級制覇を目論んでいる。

”俺は二階級で王者になる!でも、この試合で負ければダメだ。男は女に負けてはならないのだ。生き恥だ… そんなことになったなら引退。でも、絶対の自信がある”

「鞍馬さん出番です。準備お願いします」

係員から声がかかった。

さあ! 女王蜂の待つリングに向かおう!


つづく。



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