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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(16)柔道部主将、新入生女子に落とされる。

季節は春を迎えていた。
もうすぐ、NLFS単独興行春の大会がある。
それには桜井姉妹、角川聖子、それに去年の年末格闘技戦で世界の女王オリヴィアを破った植松あかねも出場する。
あかねの今回の相手はMMA男子65以下級3位 杉浦玲央である。いよいよ、あかねは本気になって男子格闘技界をも制圧するつもりでいる。杉浦はその階級では屈指の実力者で並大抵の相手ではないが、勝利すれば王者鞍馬友樹へのチャレンジャーとして名乗り出ることが出来るかもしれない。

山吹望がNLFSを立ち上げ、男子格闘技界に殴り込みをかけた時、いつかは男子階級で王座を奪う女子ファイターを育てることが悲願であった。その先には、男子階級をなくしジェンダー・レスにしたいと(女子階級は彼女らの活躍舞台がなくなるのでなくせない)。その悲願が実現したのは、NOZOMIこと山吹望自らであった。NOZOMIは65以下級女子でありながら、一つ上の階級で絶対王者であった植松拓哉を倒しその地位に就いたものの、その試合で燃え尽きてしまい一ヶ月後に王座返上。

それ以来、一度として男子王者に挑戦権を得たNLFS女子選手はいない。それどころかNLFS格闘術を研究されると並の男子格闘家相手でも勝率は3割にも満たない。
(NOZOMI、ASAMI 時代は男子を圧倒、勝率7割時代もあったというのに…)

植松あかねは久々に夢を持たせてくれる女子ファイターであり期待されていた。

春の大会に臨む、桜井ツインズ、角川聖子、植松あかね等が猛スパーリングをしている道場の片隅で、元男子MMA選手が悲鳴を上げていた。彼はNLFSが雇っているスパーリングパートナーで、同様の者は他に3人いる。そんな男子スパーリングパートナーに次々と多彩なサブミッションを仕掛け絶叫させている少女がいる。それはまるで蜘蛛の巣に引っかかった獲物を喰らうスパイダーのようでもある。

奥平美由紀15才である。
彼女はこの春無事に中学を卒業すると志望した高校に入学。NLFSの寮から高校に通うのだが、16才になる夏のG主催格闘技戦でデビューすることが決まっている。

「美由紀ちゃんのデビュー戦で戦う男子選手は大変だな、、並の相手なら公開処刑のようになってしまう。妖怪(笑)だよ…」

美由紀のキムラロックに悲鳴を上げていたスパーリングパートナーが、榊枝美樹の傍に寄るとそう呟いた。

「そうですね、、山吹さんからは、美由紀のデビュー戦は並の相手ではだめ。シルヴィアさんが、元幕内力士 雷豪さんを倒した時のようにインパクトある相手がいれば… 」

奥平美由紀は物心つく前から柔術少女であった。両親も柔術の世界では名を馳せた存在で彼女は生活と共に柔術があった。それでも教育方針なのか? 小学生時代は大会には出場させることはなかった。
道場の稽古では小学5年生になると中学生男子とスパーさせても遜色なく稽古相手は高校生男子とが多かった。その格闘センス、カンの良さは両親も舌を巻くほどだ。
両親の目には、小学生では男子の中に入っても全国トップクラスに映っていたが、表舞台に出させなかったので無名であった。
美由紀の真の実力は分からない…。

こんなことがあった。
小学校を卒業すると、その春から通うことになる中学校に友達数人と見学することになった。美由紀は柔術との共通点から漠然と柔道部に入ろうと考えていたので柔道部の練習を見物させて貰うことに。
その中学は弱小柔道部で有名なのだが、美由紀の目にもそう映ったのか?

「あの人がキャプテンですか? 多分、わたし勝っちゃうと思う!」

あっけらかんとした美由紀は、迂闊にもそう口にしてしまった。
その言葉に周囲は騒然となり、言われた柔道部主将の顔色が変わる。それ以上に顧問教師が怒りの表情になった。小学校を卒業したばかりの女の子に自分の受け持つ部を侮辱されたら黙っていられない。

「じゃ、君、、吉田(主将)と軽く乱取りしてみるか?  吉田もいいな!」

それからどんな経緯があったか分からないが美由紀は嬉しそうに道着に着替えた。
弱小柔道部と言っても吉田は一応キャプテンであり、市の大会ではベスト8である。
その柔道部の中では一番強い。
当時の美由紀はまだ50㎏前後で、先日まで小学生だった女の子。対する吉田主将は身長175体重も70以上あるだろう。
勝負になるはずがない。部員たちは冷ややかな目でその乱取りを見守っていた。

5分後、、、吉田主将は落ちてしまう。

慌てて倒れているキャプテンに駆け寄る部員たち。青ざめる顧問教師。そんな中を美由紀は笑顔で吉田主将見下ろしている。
最初こそ男女差、年齢差、体重差等で美由紀は一方的に攻められているように見えていたが、寝技になるとジワジワ後ろに回りその首に細い腕を巻き付けたのだ。

「ありがとうございました!」

美由紀はそう言うと私服であるスカートに着替え道場をあとにした。
柔道部員に声を発するものはない。
この乱取りは極秘裏に行われたもので、吉田主将の名誉もあり柔道部員も美由紀も誰にも口外することはなかった。最近まで小学生だった女子に落とされるという屈辱を受けた吉田主将は、それをバネに猛練習を重ねその夏の市の大会で準決勝まで勝ち進んだそうである。その中学に入学した美由紀は柔道部に入ることはなかった。

ちょうどその頃、美由紀はNLFSの存在を知り入校することになったのだ。



NLFS道場の稽古が一段落する。
鳩中薫が一人の少女と見紛う少年を連れ道場に入ってきた。鳩中薫、淳姉弟である。

「ああ、アツシ君。来たのね?」

アカネが親しげにアツシに声をかけた。

「はい! 無事に志望した〇〇高校に入学することが出来ました。この春から東京で生活することになりました」

「良かったね! それじゃ、高校へは何処から通うの? 薫と住むのかな?」

アカネはそう言うと薫に目を向けた。

「叔父もいるんだけど、アツシは当分の間は私の部屋で一緒に。ここからも近いし、知ってる顔も多いからね。みなさん、弟のアツシを宜しくお願いします」

すると、今までぽかんとアツシを見ていた奥平美由紀が声を上げた。

「ええ〜!弟?? 鳩中さんにこんな可愛い妹がいたのか?って、女の子かと思った。男の子? かわいい〜♪ この春から高校生なら私と同じね。私の彼氏にならない?」

美由紀の言葉に周囲からドッと笑いが起こった。美由紀は思うことをすぐ口に出す屈託のない性格。その言葉にアツシは苦笑いを浮かべている。2人の初対面である。

「アツシくん、東京へ出てきたばかりなんでしょ。お腹減ってない?」

榊枝美樹と鳩中姉弟は3人で近くのファミレスに向かった。

「ボクが都内の〇〇高校を志望したのは、あそこには有名な演劇部があるから…」

「そう、、アツシくんには華があるからきっと主役を務めるようになるわよ。あそこの演劇部出身は俳優になる人多いのよ」

「俳優? ボ、ボクなんか、、、」

アツシは榊枝美樹にそう言われ、照れくさそうにしながらも嬉しそうだった。
そして、3人は食事を終えると帰途に。

帰り道であった。

「お姉ちゃん。アカネさんのお父さん元気でいるかな? 去年の大晦日のお礼もしたいし、一度挨拶に行きたいんだけど…」

「そうだね。色々忙しい中、付き合ってくれたんだからお礼に行かなくちゃね。アカネさんに連絡取ってみて、都合を聞いて貰うからね。なるべく早い方がいいね」

その頃、植松拓哉はうなされていた。

“また、あの少年が俺の夢の中に出てきやがった! 俺はどうしたって言うんだ?”

あの日以来、植松は忘れられないでいた。彼は美少年に恋しているのだろうか?

つづく。


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