『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』(5)この俺に、女と戦えって言うんですか?
堂島源太郎とNOZOMIの男女の壁を超えた死闘。敗れた堂島は帰らぬ人となった。
リング禍。
それは正規の試合でありNOZOMIにその責任を問われることはないが、死闘の末一人の男の命を奪ったのは事実なのだ。悩み抜いた彼女は格闘技の舞台から降りようとしたものの、「アナタは堂島源太郎を倒した女として、それに相応しい女だったと世間に証明する責任がある。どうか、主人の死を無駄にしないで下さい!」と云う、堂島妻佐知子の言葉に引退を思い止まる。自分には堂島源太郎の思いに応える責任があるのだ。それは宿命なのだから。
NOZOMIがリングに復帰したのはそれから一年半後。堂島源太郎を偲び喪に服し格闘技の舞台もモデル活動も控えていた。当時17才の高校2年であったNOZOMIも、その時は都内の女子大に通う19才になっていた。
対戦相手は鎌田桃子。
国内最強女子格闘家。五輪柔道銀メダリストであり、レスリングでも世界選手権3位の実績がある。総合格闘技に転向すると打撃技術も上達し連戦連勝無敵状態。
そのあまりもの強さに女子相手では危険ではないか?との声もあり相手がいない。
そう、彼女こそ後にNOZOMIが立ち上げた
女子格闘技団体 Nozomi ladies Fighting school(NLFS)に協力し、NOZOMIの片腕として鬼コーチでも知られる女子格闘家。
鎌田桃子は、女に拘るNOZOMIとは対象的に格闘技のため女を捨てていた。その肉体は筋肉に覆われ無差別級であり体重もゆうに80kgを超えている。そんな怪物ウーマンと、天才美少女ファイターの試合は大歓声の中ゴングは鳴った。いくら男子キックボクサーを死に至らしめた雌蛇NOZOMIといえども、自分より20kg以上も重い怪女には分が悪いのでは?との声もあったが、やはりNOZOMIはとんでもない魔女だった。NOZOMIの鋭角で槍のような膝が、矢のような肘が襲いかかると鎌田桃子は白目を剥いて昏倒。何もさせない完勝だった。
これで名実ともにNOZOMIは女子日本最強格闘家の座を手にしたのだった。
「この勝利を、尊敬する天国の堂島源太郎さんに捧げます!」
NOZOMIは涙混じりにそう叫んだ。
“なんだこの女は、、魔女の化身か!?”
それを控室のモニターで、ジッと観ていたのは天才キックボクサー、ダン嶋原。
彼はNOZOMIとの試合で命を落とした堂島源太郎と同じキック団体に所属し、10年に一人、否、史上最強ではないか?との噂がある超の付く天才である。そんな嶋原を生前の堂島は弟のようにかわいがっていた。恩ある堂島が女子に敗れ命まで落としたことに悔し涙、男とキック界の威信をかけ、いつか自分が堂島の仇を討つとマスコミの前で公言していた経緯がある。
しかし、目の前で見たNOZOMIは、一年半前より遥かに進化していた。肉体は更に研ぎ澄まされ、打撃技術も堂島戦の時より格段に進歩している。それに得意の柔術も間違いなく進歩しているだろうし、この二つが併さればどれ程のものだろうか? 嶋原はゾッとする思いで、この女には関わらない方がいいと感じた。それに、鎌田戦での勝利後「天国の堂島源太郎さんに捧げる」と言ってくれたので蟠りはない。
そんな嶋原が気合を入れた。
鎌田桃子vsNOZOMI戦後に行われるメインの舞台に向かっていく。相手は嶋原が所属する団体とは別団体の無敵王者村椿和樹である。こちらもモンスターとの異名で圧倒的な戦績は10年に一人と云われる逸材。
10年に一人は同じ時代に二人はいらない。
団体の威信をかけ、勝った方が史上最強キックボクサー?なのだ。嶋原はNOZOMIのことなんかより、この村椿和樹を倒すことの方がずっと大切だと自分に言い聞かせ、目の前のライバルに集中した。
ところで、ダン嶋原と村椿和樹。
私はこの二人を描くにあたって、実在する二人のキックボクサーのことが頭にありました。謂わば彼ら二人が嶋原、村椿のモデルでありますが、今でも第一線で活躍されておりますので名前は出しません。分かる人には分かると思いますが…。
試合は序盤こそ村椿のパワーに押され気味だった嶋原が、徐々にそのスピードとスタミナで盛り返すと、二度のダウンも奪い大差判定勝ち。団体の存亡をかけた絶対負けられない一戦はダン嶋原に軍配が上がる。
ダン嶋原がリング上で勝利者インタビューを受けている時だった。
通路から長身の女がリングに向かって歩いて来る。キャップを目深に被り、そのミニスカート姿はまるでモデルのようだ。
NOZOMIこと、山吹望だった。
試合を終えたばかりだというのに、その顔には傷一つ残っていない。
嶋原のインタビューが終わるのを待っていたかのように、リングに上がるとマイクを受け取り嶋原に向かって言った。
「嶋原さん、ナイスファイトでした!そんな嶋原さんが、堂島さんの仇討ちとして、私と戦いたいとマスコミの前で仰っていたのは知っています。私も死力を尽くして戦った堂島さんを大変尊敬しています。どうでしょうか? 天国の堂島源太郎さんに捧げる試合をやりませんか?」
最悪のことになったと嶋原は思った。
最初はNOZOMIの挑戦を軽く受け流していた彼だったが、その挑発的とも思える態度に嶋原の頭に血が上った。
「やってやろうじゃないか!」
あまりにも軽率な、、NOZOMIの挑発に乗ってしまった嶋原に、彼の敏腕マネージャーが頭を抱える。勝っても何の特にもならない試合。総合ルールであっても、万一女子に負けるようなことがあれば、それこそ嶋原が築いてきた今までの実績、栄光が根底から崩れ去ってしまう。天才ダン嶋原伝説が意味のないものになってしまう。こんなリスクしかない試合、絶対やらせる訳にはいかない。彼の名前には大勢のスタッフの生活もかかっているからだ。
「やってやろうじゃないか!」
一度は公の場でNOZOMIの挑発に乗った嶋原だったが、周囲から叱責、許しも出ず逃げ回ることを余儀なくされた。
それは、NOZOMIにとって想定内。
が、しかし…。
NOZOMIの挑戦を代わりに受けたのは嶋原との一戦に敗れた村椿和樹だった。
村椿は嶋原との団体の存亡をかけた一戦に敗れてからというもの、後悔の日々を過ごしていた。自由奔放に向かってくる嶋原とは違って、責任感の強い彼は団体の期待を一身に背負って、かなりのプレッシャーを感じ身体が思うように動かなかった。
このままでは、村椿が引っ張ってきた団体は嶋原の団体に吸収されかねない。いつか必ずリベンジを果たしたい。
そんな時に、あの堂島源太郎を破った女子格闘家NOZOMIサイドから、格闘技興行会社のマッチメイカー沼田を通じてオファーがあったのだ。
「この俺に女と戦えって言うんですか? バカにするのもいい加減にして下さい…」
最初は一笑に付し拒絶していた村椿だったが、マッチメイカー沼田の誘いは執拗であった。この男に睨まれると逃げるのは不可能であると格闘技界では知られている。あの堂島源太郎とNOZOMIの一戦をマッチメイクしたのもこの男だった。
「NOZOMIはダン嶋原にも挑戦していたのだが嶋原サイドは逃げ回っている。そこで村椿君とNOZOMIが試合をして、勝った方が彼に挑戦するのはどうかな? 嶋原君も今度は逃げられないと思うのだが…」
村椿の目が変わった。
「考えておきます…」
このままオファーを断り続ければ、彼の所属団体への影響も避けられないだろう。
NOZOMIサイドからルール提案があった。
「寝技、つまりグラウンドなしのスタンディングのみ。通常の打撃は勿論のこと、肘や首相撲からの膝もあり。立った状態ならば投げ、絞め、関節あり。スタンディング何でもありルールでどうですか?」
寝技が得意なNOZOMIが、グラウンドなしのルールで戦うだって? 内心、バカにするなとは思ったものの。。。
「受けましょう。寝技なしなら(女なんか)あっという間に倒してしまいますよ」
こうして、キック界のモンスター村椿和樹と、女子格闘家雌蛇NOZOMIの一戦が正式に発表されたのであった。
次回に続きます。