新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(29)美由紀のジャブ炸裂。
大晦日『G』主催の格闘技戦。
全10試合が組まれているが、植松あかねが王者鞍馬友樹に挑戦する試合をメインに、二階堂毅彦と奧平美由紀のボクシングマッチは7試合目。既に美由紀は入場式を終えリング上で二階堂を待ち構えていた。デビュー戦こそスパイダーマン衣装で派手であったが今日は静かな入場。ボクシング・グローブを着け軽快にシャドーボクシング。その傍らには宍戸拳児がセコンドについている。反対側コーナーから二階堂毅彦が入場してきた。派手なパフォーマンス好きの彼はポップな音楽が流れる中、ダンス気味のステップでリングに向かってきた。
この試合はボクシング・ルール。
3分6ラウンドで行われ、決着つかなければ判定で勝者を決める。60kg以下契約で行われ、計量では二階堂毅彦、奧平美由紀共に171cm 58kgであった。
美由紀は真紅のスポーツビキニ、二階堂はブラックのトランクス。リング上で睨み合う二人。威圧的に睨みつける二階堂とは対照的に美由紀は微笑を浮かべている。
(実況)
「いよいよゴングが鳴ります。解説の嶋原さん、スパイダー美由紀は総合のファイターですが、ボクシング経験のないまだ16才の少女。大丈夫でしょうか?」
「そうですね。美由紀君は何度か指導したことありますが、打撃もいいものを持っています。が、相手は世界を目指す男子ボクサーですから無理があるかもしれません。この試合は危ないと思ったらレフェリーは早めに止めないと、、、。二階堂君も自分のルールで負けることは絶対赦されない。私も昔、NOZOMII選手とキックルールで戦って負けたことがあります。こっちの100%有利なルールで、しかも女子に負けることは全てを失うことになりますから…」
レフェリーによる最終チェック。
二階堂は美由紀のセコンドについている宍戸拳児の不敵な笑みが気になっていた。
あの笑みは自信の表れなのか?それともポーズなのか? 彼はマスコミの前で美由紀が二階堂をKOすることを公言していた。
“ 宍戸さんだってボクシングがどんなものか知っているはずだ。たった3ヶ月指導しただけの付け焼き刃的な技術は通用しないってことをね。それが、どうしてあんな自信満々にKO宣言するんだ? まだ高一の女の子じゃねえか、舐めやがって!”
ゴングは鳴った。
変幻自在、時にはパフォーマンスを交えたトリッキーで変則的な動き。相手にパンチを当てさせないスピードが身上の二階堂だが、それは美由紀も同じだ。二階堂のトリッキーさはボクシング内のものだが、美由紀のそれは凡そボクシングの構えフットワークではなく、タックルを仕掛けてくるのではないか?と思われるレスリング流の低い構えやら、空手流の構え、その場でぴょんぴょん飛び跳ねたり何をしてくるか分からない異様なもの。二階堂は彼女が宍戸拳児戦で見せたくノ一忍者のような動きを思い描いていた。それでも、あの動きに宍戸が惑わされていたのは総合ルールだったからだろう。この試合はボクシングルールなので何も問題ないはず。二階堂は自信満々に飛び出していった。
ところが美由紀は、前回の試合と違って拳で顔をがっちりガードすると、軽快なフットワークからジャブを放ってきた。この構え、フットワークはボクシングの基本を忠実に守っているようでもある。
二階堂は宍戸拳児の指導を受けた美由紀がどんなボクシングをしてくるのか?1Rは様子を見て2Rで決着を付けるつもりでいた。
きっと、くノ一のような変則的な動きからボクシング内異種格闘技のような展開になると思っていたのだが、オーソドックスなボクシングスタイルで対抗してきたものだから拍子抜け。それでも、このたった3ヶ月間でこれだけボクシングを自分のものにしてきた目の前にいる少女のセンスに驚きを隠せない。普通の少女ではない…。
二階堂は美由紀の短期間での進化に驚きつつも、純粋なボクシングvsボクシングならば何も警戒する必要はないと思った。二階堂の顔面にパンチを放とうとする美由紀を嘲笑うかのように軽快なフットワークでそれを避けると、ジワジワとコーナーの角に追い詰めていく。コーナーを背にがっちりガードする美由紀に向かってジャブ、ストレート、フックを放ってきた。
二階堂にしてみれば、いくら上達したとはいえ基本に忠実なボクシングより、何をしてくるか分からない変則ボクシングの方がやりにくい。宍戸の指導は逆効果だったなと、心の中でニヤリとした。
“案外だったな! これで終わりだ”
二階堂は相手を倒す間合い距離、完全に射程圏内に捉えた。1R残り時間1分。コーナーに美由紀を追い込んだ二階堂はラッシュを仕掛ける。誰もがこれで終わりだと思ったことだろう。ところが美由紀は前後左右にスウェーバックをしながら直撃を許さない。勿論、二階堂は倒すつもりで打っているのだが当たらないのだ。
“ 何だ!この女の子は? このオレのパンチが当たらないなんて、、、まるでこっちの動きを予期してるようなディフェンスだ“
二階堂は焦りを感じていた。
その時だった。
まるで二階堂の下半身にタックルを仕掛けるような低い体勢に美由紀はなった。
相撲の立会いのような格好になった相手に二階堂は驚き数歩下がる。そこへ低い体勢から美由紀は大きく跳び上がった。そのまま二階堂の懐に飛び込むと猛然とパンチを振るってきた。まるで、今までのオーソドックスなボクシングがウソのような忍者を思わせる変則的な動きだ。
二階堂に飛び掛かった美由紀の姿は投網のように口から糸を吐く蜘蛛のようだ。
それでも二階堂はそれに惑わされることなく冷静に対処すると逆に攻勢に出る。二階堂としてもこの変則的な動きは想定していた。彼は自分に言い聞かせていた。
“いくら変則的といっても惑わされない。この試合はボクシングルール。決して組み付かれることはないし、寝技に持って行かれることもない。いつものように普通のボクシングをしていれば何も問題ない”
二階堂のプライドは傷付いていた。
倒すつもりでラッシュを仕掛けたのに仕留められず逆襲されそうになったのは事実。
たかが、ボクシング素人?16才女の子相手にこんなに手こずるなんて、、、二階堂は自分が余裕あるところをアピールすべく、両手を広げ顔を突き出すというオーバーアクションを見せた。これは、格下相手におちょくる時に彼がよく見せるパフォーマンスなのだ。そのまま美由紀に向かってジャブを繰り出すが当たらない。当たらない焦りから尚もパフォーマンスは激しくなる。
1R 残り時間5秒。
女の子相手に自分は本気になんかなってないんだぞ!とばかりに挑発的な動きから二階堂がまた顔を突き出してきた瞬間。
ビシッ!
美由紀のジャブが二階堂の鼻筋に直撃。
怯んだ二階堂に美由紀が襲いかかろうとしたところで1ラウンド終了のゴング。
二階堂がリング上で見せるダンスのようなパフォーマンスは賛否両論がある。
彼には絶対の自信があり余裕があるからするのだ。しかし、今のジャブは死角を突くように飛んできて全く見えず不覚にも食らってしまったのだ。
二階堂はうっすらと鼻血を垂らしていた。
コーナーに戻る美由紀をセコンドの宍戸拳児が出迎えると何やらヒソヒソ話。そして二階堂に目を向けるとニヤリと笑った。
美由紀は二階堂の速さとガードの上からでも強烈なパンチに驚いてはいたが、こんな試合が出来て楽しくて嬉しくて仕方ない。そんな美由紀にアドバイスを送りながら宍戸拳児は想定通りの試合になってきたなと思った。宍戸は二階堂が空手キッドと云われてきた頃からのビデオを繰り返し見て研究してきた。二階堂には欠点があった。
“ 二階堂毅彦、あいつは自己主張が強くオレがオレがの目立ちたがり屋だ。リング上のパフォーマンスは、相手を挑発するように腕をだらーんと下げたり大きく広げたり、時にはアニメ・ヒーローの決めポーズまでやりやがって、プロレスじゃねぇんだぞ!でも、それが命取りになる。カッとしやすい性格。美由紀のジャブで鼻血を出してプライドを傷付けただろうな。きっと、次のラウンドは自分のボクシングも忘れ一気に倒しに来るはずだ。そうなれば…”
反対側のコーナーでは美由紀のジャブで鼻血を出した二階堂が応急処置をしていた。
“こんな大勢の観客が観ている前で16才の女の子のジャブで鼻血を流したのか? 女のくせに男のオレに恥をかかせやがって、、、。
大概にしろよ! 女の子でも容赦しねえ。次のラウンドでぶっ倒して、オレに挑んできたことを絶対後悔させてやる!”
観客席の片隅で、植松拓哉と鳩中敦がジッとリング上の戦いを観ていた。
植松とアツシ、ふたりの本当の関係はまだNLFSの誰にも知られていない。ただ、メインに出場する娘アカネから父拓哉にチケットが贈られ、アツシも一緒に連れて行ってくれと頼まれたのだ。
二週間前。
あの日植松はアツシが住むマンションで、姉のカオルが留守ということで一夜を共にした。既にふたりは男と女の関係になろうとしていた。赦されない禁断の恋。
それでも、今夜の植松拓哉は娘アカネの試合が心配でならなかった。
そして。
二階堂毅彦とスパイダー・美由紀のボクシング・マッチは2ラウンドを迎えた。
つづく。