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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(66)妙な胸騒ぎ。
麻美に馬乗りになられ殴打されている龍太の姿を佐知子は見ることが出来なかった。あんなに妹思いだった兄の顔面に何の躊躇もなく麻美は拳を下ろしている。いくらNOZOMIへの挑戦権をかけた真剣勝負であっても、実の兄の顔面を破壊しようなんて、、、。
「キャーー!!」
佐知子は悲鳴をあげた。
そして、両手で目を覆った。
うつ伏せ兄の背中に馬乗りになると、
麻美はその頭を掴んで持ち上げマットに打ち付けた。
(そんなことしちゃダメ...)
その後、麻美が龍太の首に腕をまわし両脚も胴体にまわす胴絞めスリーパーになると龍太は苦痛の表情でもがいていた。佐知子は源太郎がNOZOMIの腕の中で気絶した光景が蘇った。
それを見ながら佐知子は思った。
男のプライドとか兄としての威厳がどんなものか? 女の佐知子には分からないけれど、もうそんなものは捨ててタップしてほしいと願った。
妹に負ける屈辱なんて、命を失うことに較べれば取るに足らないこと。
命を失う?
佐知子は決して想像さえしてはならないことを考えてしまった。
(不吉な予感? 胸騒ぎ)
どうにかチョーク攻撃から逃れた龍太を見て、佐知子は(なぜタップしなかったの? まだ続けるつもり、お母さんはこれ以上観るの耐えられない...)
こんな考えになってしまうのだった。
立ち上がった兄の頬を麻美は挑発的な目つきで張った。龍太の表情が怒りに震えているのを佐知子は見逃さなかった。(龍太、アンタまで本気に...)
妹に頬を張られた龍太は頭に血が上った。張ること自体はいい。でも、その目は挑発的で兄に対する態度ではないと感じた。いくらシュートマッチであってもやって良いことといけないことがある。相手に対する敬意がないと。
あのNOZOMIと村椿和樹の張り手合戦は互いにそれがあった。
(麻美!調子に乗るんじゃねえ。いくら大切な妹でも赦さねえ。いい加減にしやがれ、ぶっ倒してやる!)
麻美は兄の怒りを感じていた。
兄の頭をマットに打ち付けたのは自分でもえげつないと思っていた。
兄は私に頬を張られたことに怒っているのではなく、挑発的な目に怒っているのだと分かる。
(お兄ちゃん、まだ思い切れていないでしょ? この勝負に私を傷付けずに勝とうとしているでしょ? 私は身を捨ててこのリングに上がったのよ。お兄ちゃんに勝つためなら手段を選ばない。どんどん怒って私を殺すつもりになってかかって来なさいよ)
麻美は中途半端な気持ちの兄に勝っても意味がないと考えている。
父の代わりにNOZOMIへのリベンジを誓った兄妹。そんな兄と妹がその挑戦権をかけて戦っているのだ。
本当に強い方がNOZOMIと戦わなければ意味もなく勝てないだろう。
龍太は頭に血が上りかけたが、一度深呼吸をして冷静になろうと努めた。
拳を顔前に構えると麻美を見据えた。
そして、ジリジリと前に出る。
龍太は麻美の高速タックルを警戒するあまり受けにまわってしまったと反省している。及び腰ではタックルの絶好の餌食になる。前に出れば容易に仕掛けて来られないだろう。
ビシッ!
龍太のローキックが麻美の下腿部を襲う。続けて2発、3発と狙い撃ちするが麻美も軽快なフットワークで逃れる。
接近戦になると龍太は麻美の胸をドンッと突き、コーナーに追い込むと麻美の顔に拳を躊躇なく振るった。
しかし、麻美のディフェンスも巧く容易に当てることは出来ない。
逆に果敢に攻めようとディフェンスが甘くなった兄の顎に麻美のアッパーが鮮やかに決まった。
尻もちを付きダウンする龍太。
(実況)
「うわぁ~! これはASAMIの鮮やかなアッパーだ。果敢にコーナーで攻め立て攻勢に出た堂島龍太だが、倒れたのは彼だ。流石に堂島源太郎の子どもたち、打撃戦になってもハイレベルですが妹は兄を倒してしまうのか? 立てるのか兄龍太。第二ラウンドも残り時間30秒になりました」
(麻美は打撃でもこんなに進化していたのか? なんなんだ、、考えてみれば麻美も源太郎父さんの娘。天性のストライカーとしての素質があると、今井さんも言っていた...)
麻美のアッパーはタイミング良く決まったが決定打になるようなものではなかった。それより倒しにかかった自分の攻撃を防ぎ逆に倒されたことに吃驚しショックだった。
尻もちをついた龍太に襲いかかりマウントになろうとする麻美の追撃を避け龍太はどうにか立ち上がった。そこへ麻美が打撃で襲い掛かってきた。
上下左右と打ち分け龍太は防戦一方のままコーナーに追い込まれた。
そこで第二ラウンド終了のゴング。
佐知子はほっと一息ついた。
龍太が麻美のアッパーで倒れた時、佐知子はまた良からぬことを考えた。
(龍太、、もう立たないで、、早くこんな試合を終わらせてふたり揃って仲良く帰ってきなさい。御節料理はいっぱい作ってあるから。お母さんは早くアナタ達の笑顔が見たいの...)
通常、このMMA異性格闘技戦は5分3ラウンドで行われるが、両陣営の希望もあり最大5ラウンドまで行われる。
佐知子はまだ3ラウンドもこの戦いを観なくてはならないと思うと心が悲鳴をあげそうになった。
(いや、次の回で大きなことが起るような気がする。不吉な予感...)
インターバルの間。
龍太は今までの試合を振り返った。
麻美は強い!想像していたより遥かに強い。幼い日の妹麻美のことを思うと同じ人間か?と、信じられない。
相手コーナーの麻美に目を向けると、リングという戦場にいるのに豹柄のセクシーなビキニ姿である。
(美しい女の子じゃないか...)
そんな妙なことが頭に浮かんだ。
そして、血の混じった唾液を吐いた。
麻美も試合を振り返っていた。
第二ラウンド、たまたまアッパーが見事に決まってダウンを奪ったが、打ち合いになった時の兄のローキックは強烈で重かった。パンチもガードの上からでもズシンと響き、あれ以上打撃を受ければ立っていられない。
やはり、体重の差は大きなハンデだ。
(お兄ちゃんも、いよいよ本気になってきたようね? 私は次の回に勝負に出るわよ。覚悟しておいてね)
(実況)
「今、第三ラウンドのゴングが鳴りました。今までのところ妹のASAMIが兄である堂島龍太を圧倒しています。このまま兄は妹に屈するのか?」
今井宗平は龍太と麻美の試合経過を観て思うことがあった。
龍太はリング上のMMAルールであろうと基本姿勢は格闘技を武道の一種と捉えている。幼いころからKG会空手で武道の精神を叩き込まれているからだ。
大切なのは精神性であり、礼節を重んじ相手に対する敬意。
麻美もKG会空手に席を置いたこともあるが小学校高学年の一時期。
中学になると同時にNLFSに入校し彼女は勝つためなら手段を選ばない戦うマシン非情な女豹となった。
ASAMIのような根っからのシュートファイターに武道の精神は通用しない。
そこにあるのは生か死か?の戦いだ。
同じ堂島源太郎の子であっても、この兄と妹は水と油なのだ。
今井宗平も妙な胸騒ぎがした。
(こんな試合、佐知子も言うように縛ってでもやらせちゃいけなかったんだ。
取り返しがつかない、、きっと、天国の堂島源太郎さんも悲しんでいる)
第三ラウンドのゴングが鳴ると、龍太は麻美にプレッシャーをかけその腕を掴むと一本背負いに行った。麻美は宙に回転しそれは見事に決まった。
まずい!と思った麻美は逃げようとするが、龍太はそれを赦さない。
腕を掴んだまま腕挫十字固めにいく。
柔道の必殺技だ。
(本気を出せば、離れても組んでも俺の方が絶対強いに決まっている。あんなミニスカートで入場して来るような麻美に負けるはずがない...)
ASAMIの腕が引っ張り込まれる。
つづく