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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(18)必殺踵落とし。

NOZOMIの脚に引っ掛けられスリップダウンを喫したダン嶋原は、頭に血が上りカーッとなりかけた。

(そんな女子フィギュア選手みたいなセクシーな衣装でリングに上がってきやがって、オレを悩殺しようってのか?ふざけんな、ぶっ倒す!)

嶋原はNOZOMIのリング衣装が気になって仕方ない。気に入らないのに、いざコーナーに追い詰めパンチ、キックを繰り出すと、こんな女を殴り蹴ってもいいのか?という罪悪感もある。
例え相手が女であっても、正規の試合であり非情に徹するのがプロの格闘家であるのだが嶋原はまだ若い。

邪念を捨てきれないでいた。

スリップダウンから起き上がると、レフェリーの「ファイト!」の声に試合再開。1Rも残り時間1分を切った。

嶋原は自分が熱くなっているのを感じた。いつもの彼なら気持ちのまま一気に飛び込み決着を狙うのだが、そこで
NOZOM Ivs 村椿和樹のことを思い出していた。村椿はカッとなって飛び込んだところをあのカウンターを食らったのだ。そこから、肘、膝地獄。

嶋原は熱くなりそうな自分の心を鎮め慎重にジリジリと距離を詰める。

(しかし、このNOZOMIの距離感、リズム感は何だ? やりにくい...)

やりにくさを感じながらも、嶋原は左右に動きながらNOZOMIとの距離を詰めに行った。すると、NOZOMIは妙な動きで下がりながらリング中央へ。

嶋原は慎重にNOZOMIを追う。
(1Rはあと45秒しかない。このままでは宣言した初回KOが出来ない)

嶋原は一歩NOZOMIのゾーンに踏み込んだ。すると、彼女はガードをやや下げると奇妙な構えになった。

なんだ???

その場でNOZOMIの身体がコマのようにすごい速さで回転した。否、フィギュアスケートでのスピンと言った方がいいかもしれない。
衣装のスカート部がフワッと翻った。

パチーーン!!

NOZOMIの強烈な回転バックハンドブローが嶋原の側頭部に炸裂した。

今日まで一度もダウンしたことのない嶋原が、フラフラっとして危うく倒れそうになった。
NOZOMIのこの技は、堂島戦の時も繰り出しており警戒はしていたのだが、
彼女の妙な動き、リズム、距離感から予測出来ず避け切れなかった。
NOZOMIのバックハンドブローは一発で倒す重さこそないが、鞭のようにしなり切れ味が鋭い。

一瞬フラフラっとした嶋原だが、ダウンには至らず踏み止まると、前傾姿勢からNOZOMIの追撃に備えた。

目を向けると、NOZOMIの脚が高々と上がっている。垂直に、まるでバレエダンサーかフィギュアスケートでのスパイラルのようだ。
衣装のスカート部が花びらのように広がった。嶋原は頭が真っ白になった。

(なんだ!悩殺攻撃なのか?)

そんなことが頭に浮かんだ時だった。

NOZOMIの踵が物凄いスピードで自分の方へ落下してくるのを感じた。

ゴンッ!! グギギギ、、、

???

嶋原は何が起こったのか理解するのに少し時間がかかった。

次の瞬間、強烈な激痛が襲ってきた。

肘と並んで人体で最も硬い骨とも言われる踵がまともに嶋原の肩口?に突き刺さったのだ。
彼女の脚は長い、あの高さからまともに突き刺さったのだ。まるで鋭い刃先の矢が降り落ちてきたような衝撃。

嶋原はその打撃を受けた瞬間、グギギギ、、という嫌な音を聞いた。

(鎖骨が陥没した? 粉砕された...)

彼は肩口を抑えると両膝をついた。
想像を絶する苦痛にそのまま前のめりになるとうつ伏せに倒れた。
激痛で嘔吐感がある。

レフェリーが飛び込んで嶋原の様子を見ている。

「ドクター! ドクター!」

場内は水を打ったように静かだ。
皆、目の前の光景が信じられないのだろう。あの、10年に1人の超天才と言われたダン嶋原が、女子選手に得意のキックルールでKO負けしたのだ。
日本で一番強い男子キックボクサーが女子選手の前に沈んだのだ。

(実況)

「信じられません!今まで31戦、1度もダウンさえしたことのないダン嶋原が倒れています。彼は日本キック界のパウンドフォーパウンド(PFP)とも言われ最強のキックボクサーです。それが得意のキックルールで女子選手にKOされました。1RKO予告していた嶋原が、
逆にその1Rで倒されました。一体、誰がNOZOMIを倒すというのか? 彼女に勝てる男子格闘家はいないのか!」

嶋原は明らかに鎖骨を潰されており重症と思われる。肩口を抑えたまま顔が苦痛で歪んでいる。
勝ち名乗りを受けながらもNOZOMIは心配そうに嶋原の様子を覗き込む。

担架がが運ばれてきた。
ダン嶋原はこのまま救急車で病院に運ばれることだろう。

NOZOMIの踵落としに沈んだダン嶋原をテレビ画面で観ていた堂島ファミリーは声も出せないでいた。
佐知子も龍太も麻美も信じられないものを見たようで、ただジッと画面を黙って見つめているだけだ。

感想が聞きたく一緒に観ていた今井に龍太が目を向けると、彼は唇を噛みしめうっすらと目に涙をためている。
きっと、キックボクシングのトレーナーをしている彼からすれば、最強キックボクサーが女子に負けたのが悔しくて仕方ないのだと龍太は思った。

「今井さん、、嶋原さんが負けちゃいました。女子に負けたキックボクシングは大丈夫なんでしょうか?」

「龍太くん、そういうことじゃないんだよ。彼女のベースはムエタイだけどキックを習えば、女子でもNOZOMIのように強くなれると、逆に世間に対してPR出来ると思う。私が悔しいのは男としてなんだ。このままでいいのか? キックボクサーに限らず彼女を倒す男が出て来ないと...」

「それはボクも同じ気持ちです」

麻美は今井や兄の “男として” という言い方に少し抵抗を覚えた。

(NOZOMIさんが世の中に訴えたいのは、男だから、女だから、、という考え方はおかしいんじゃないか?ってことだと思う。女子が男子に格闘技で勝っても普通のことだと思える世の中にしていきたいのよ)

麻美がそれより気になっているのは、パパのトレーナーだった今井さんとママの関係。最近のママはオシャレになりきれいになってきたように感じる。ふたりは仲がいい。
兄もそんな今井さんを慕って、自分だけが除け者のような疎外感がある。

その後、4人は近くの神社へ一緒に初詣に出かけた。

ちょうどその頃。
東北の鄙びた温泉宿、NOZOMIに無残にもKO負けするダン嶋原の姿をジッとテレビで観ていた男がいた。顔には無精髭覇気がまるでない。

一年前まではモンスターの異名でダン嶋原と共にキック界を引っ張ってきたスーパースター、村椿和樹である。
かつては女優やアイドル歌手と浮名を流した彼も今やその面影もない。

村椿は女子に負けた。
それも大観衆、否、大晦日全国テレビ生中継で女子に倒されリング上でのたうち回ったのだ。
プライドの高い彼にしてみれば、その屈辱、恥辱は耐え難いものだった。

彼はメンタルをやられたのだ。

テレビ画面を観ながら「へへへ」と、意味のない?笑い声を漏らした。

テーブルの上にはお銚子が何本も転がっている。

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