『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』(7)雌蛇退治に立ち上がる。
キック界のレジェンド、モンスター村椿が女子選手である雌蛇NOZOMIに惨敗。
これはキック界にとどまらず、各方面に波紋を呼んだ。それはそうだろう、、彼はダン嶋原と並ぶキック界の二大スーパースターであり、それが女子選手に敗れたとなればキック界の面子丸つぶれなのだから。
堂島源太郎が敗れた時は、既に峠を越えたキックボクサーであり仕方ないという声もあったが、村椿は堂島とは立場が違う。
村椿和樹は行方をくらました。
キックボクシングという格闘技に10代の頃から打ち込んできた男としてのプライドがあった。そんな自分が女にKO負けした。
恩あるキック界の名誉を著しく傷つけてしまったことに責任を感じていた。それよりも、女に負けてしまったという屈辱、その恥ずかしさで世間に顔向けできない。
ボサボサ髪で無精髭を生やし底なし沼のような暗い目をした村椿が、目立たない酒場で酔い潰れている姿が度々目撃された。彼はメンタルをやられていたのだ。
もう、逃げられない…。
モンスター村椿をリングに沈めたNOZOMIから挑戦を受けたダン嶋原である。
彼の敏腕マネージャー伊吹も、こんなリスクの多い試合はさせたくない。でも世間がそれを赦してくれず、名誉を傷つけられたキック界のためにも雌蛇退治に立ち上がらなければならない。伊吹はNOZOMIサイドにルールの打診をした。
「生粋のキックボクサーである村椿にはキックを極めるという宿願、人生目標があるんです。そんな彼に異種格闘技戦等で横道に逸らすわけにはいかない。NOZOMIさんも村椿に挑戦するなら、うちのキック団体ルールでやってもらうしかない…」
「具体的には?」
「スタンディングでの打撃のみ。当然、投げ、絞め、関節技はなし。打撃でも肘はなし、膝はありですが、首相撲からのそれはなし。純粋なうちのルールに則ってやるなら挑戦を受けましょう」
嶋原本人は総合ルールで勝たないと意味がないと反発するも伊吹はそれを赦さない。完全に100%ダン嶋原の土俵であり、これでは逆にNOZOMIサイドが受けないだろうとの計算があった。キックボクサーにキックボクシングルールで勝てるわけがない。
それに肘と首相撲からの膝というムエタイ仕込みのNOZOMIのテクニックが完全に封印されてしまうのだ。しかし、NOZOMIの返事は意外なものであった。
「そのルールでやりましょう。どんなルールでも嶋原さんと戦いたいのです」
こうして、ダン嶋原vsNOZOMI戦が正式に発表されたのだった。
自分に100%有利なこのルールで、よもや不覚を取るようなことはないと思うが、試合が近づくにつれ”油断禁物“と、嶋原は自分に言い聞かせ、NOZOMIの戦い方を研究、分析、その対策に怠りはなかった。
嶋原は堂島源太郎、村椿和樹の敗因を自分なりに分析していた。堂島は有利に試合を進めていながら、自らNOZOMIのゾーンに入ってしまったと言われるが、本当のところ、当時まだ17才の少女と戦うことの違和感と戦っていたと思われる。必死に戦ってはいたが、どこかで女の子は殴れないという躊躇があり冷酷になりきれなかった。
村椿の敗因ははっきりしていた。相手が女の子だからと甘く見ていた。最後は冷静さを失い飛び込んだ上の餌食だ。それに、村椿vsNOZOMI戦は、NOZOMIが堂島と戦った2年後。この2年の間に彼女は更に進化していた。まだ何か隠し持っているようで得体の知れないものを感じる。
試合一週間前。嶋原はマネージャー伊吹に自分の気持ちを伝えた。
「世間は村椿さんを葬った、NOZOMIの肘と首相撲からの膝を恐れてそれを禁止にしたと思ってます。こんな100%自分に有利なルールで勝っても誰も納得しません。勝つなら圧倒的な力の違いを見せつける。僕はマスコミの前で1R KO宣言しますよ」
「もう、何も言わん、、お前の好きなようにしろ。只、あの女はお前が思っている以上に強いぞ。あれは魔女の化身“雌蛇”だ」
「はい! 油断はしません。絶対有利なルールで万一負けたら、僕のやってきたことが無に帰することになり、キックボクシングという格闘技の存亡の危機になりかねませんからね。安心して見ていて下さい」
「キックボクシングの存亡の危機? お前はこの業界を一人で背負っているつもりなのか? 自惚れるな! キックボクシングとて、所詮はムエタイから派生したものだろ。彼女はかなりのムエタイの使い手だぞ。お前が負けたなら、ダン嶋原に代わる新たなヒーロー、否、新たなヒロインNOZOMIを三顧の礼で迎えてもいいのだ。だから、お前はキック界のことなんて考えず、自由にのびのびと彼女と戦えばいいんだ」
数日後。
「キックボクシング界で頂点を極める僕の強さをお見せします! それに、男として女子には絶対負けられません。圧倒的な力の違いで初回KOをお約束します」
ダン嶋原は公にそう宣言した。
堂島源太郎のトレーナーで、NOZOMI戦でそのセコンドに就いた今井、岩崎もそれを見ていた。NOZOMIの凄さを知る彼等とて
このルールで嶋原が負けるなんて考えていない。でも、NOZOMIには得体の知れないところがある。堂島戦から2年後に見せた村椿戦での彼女の進化は驚くべきもので、あれからまた1年。更に進化しているのは間違いないだろう。まだ底を見せていない?というより真の実力が見えてこない。それが不気味であり、そんな彼女相手に1R KO宣言している嶋原に危うさも感じる。
じっくり戦えば負けるようなことはないと思うが、焦って倒そうとすればどんなことが待ち受けているか想像も出来ない。
「雌蛇の罠」という言葉が頭を過った。
そして、ゴングは打ち鳴らされた。
この試合の模様詳細。
女豹の恩讐(17)悩殺衣装(18)必殺踵落としを読んでいただければ。
結果は逆に嶋原の1R KO負け。
なぜこのような結果になったのか?
次回はそれを検証、分析してみようと考えています。更新は来週中頃になります。
つづく