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(月と空想と縄文)ところで・・・その2
ところで、文字をもたなかった先史時代といわれる縄文時空。それでも私は歴史として考えたいのです。どうして文字が無くても遺跡や土器や土偶が、(便利性)という文明の極みの生活社会に暮らしている現代のわたしたちの心の奥に響くのでしようか。行こうとすれば、苦も無く空を飛び安易に世界の国を知ることができる生活なのに、1億3千年前からの1万年の孤島のつつましい生活がなぜ琴線に触れてくるのだろう?
土に埋もれていた各々の遺物は、何を知らせようとしているのか?と思ってしまう。
考古学者でもない現代に生きる民の私たちになにを示そうとしているのか?
遺跡が偶然発見されるといっても時間の流れは1回性なのだから、偶然でなく必然でしよう。単に古代へのロマンと簡単に片付けられない、何か日本列島に生まれた者の故郷のように懐かしい安心できるような気持ちが生まれるのを感じる。
再度、ところで、世界がたどったように農耕がはじまった弥生時代の集落どうしの殺し合いから始まり、各地に王ができるほどに土地争いになってゆく有史の歴史は勢力争いの歴史といっても過言ではなくなっていった。平和な江戸時代といってもそれまでにどれほどの戦での犠牲があったのか。戦の選択の結果、成果が平和というのは何か根本的におかしい気がするのは、論外なのだろうか?
平和のための殺し合い、虐殺はそれ自体が矛盾破綻している。
文化文明を築きあげてきた現代までの歴史の積み上げの選択が人間を虫けら以下のように扱うことだったのだろうか?人が懸命に努力して作り守っているつつましい生活を、1度しかない人生を、蹂躙し破壊し権力の利益だけのためにこれまでの歴史はあったのか?
しかし、歴史は残念ながら忘れるように動いているようにも見える。
もちろん、一介の老人がエラソウに大上段に振りかぶって言うことではないだろう。けれどもけれども、どうしても楽観視できない気持ちもあるのです。例えば、ことしは、昭和でいえば百年という。同時に世界では大きな戦争が始まってしまつた現在でもあります。それなのに、昭和を振り返るのに「昭和っぽい」とか言うけれど、そこには、高度成長期以前の昭和が驚くようにストンと抜けてしまっているように、昭和39年の東京オリンピック以前の昭和は語られない。
たった80年前に、人類が自滅してしまってもおかしくないほどの兵器ができてしまったこと。それを日本列島で2度で証明されたこと。
戦争は武器の発展の歴史とも言える。
そしてたった110年まえにはじまった悲惨な第1次大戦が終わって、わずか20年ほどでの、くりかえしの大量殺戮の第2次世界大戦。
それなのに、「昭和ぽい、懐かしい」は歴史を無視した風潮に思える。例えば終戦記念日の1日だけの歴史の振り返りの行事。
唐突な例だけれど、子どもたちが受ける学校の3月期の授業にもあらわれているようにも思える。入試にほとんど関係のない3月期にやっと現代史の授業。足早に過ぎていっただけの学習の記憶がある。
そもそも、歴史は発展するものだというが、人は発展しているのだろうか。
いま、世界は完全にタガが外れてしまっているけれど、絶望はしたくない。
1万年の穏やかさの歴史をもつのに、たった2千年の間に破滅するほどの戦争の歴史。世界の何処にも無かった1万年の平和の歴史をもつ縄文の記憶が私たちのDNAに秘められていることを信じたい。夢のようなことを低能なことを言うなと笑止一蹴されるでしようが、それでも、縄文の人が大地から土器を発明し、定住し、炉をかこみ、温かい食事に「おかげさま」の感謝の気持ちをもち、日々の暮らしを懸命に、そして穏やかな気持ちで、生きていたことのDNAを信じたいのです。