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健康に生きる定義

ノーベル賞を受賞者の山中先生は”健康でないということ“は、大多数のひとが描く健康のカーブから大きく外れていく事、といいます。
(YouTube with チャンネル, 山中伸弥対談より)

お年寄りの気持ち

私は仕事がら沢山の高齢者の方にお会いします。体の健康と心の健康がありますが、体の健康に関して考えると、今まで沢山の高齢者の方にお会いして、私は健康である事の定義は、「自分のことは自分でできること」。
と思います。
糖尿病でも、軽度の麻痺があっても、ガンを持っていても、シルバーカートで自分で歩く、杖をつき歩く。
食事はご飯だけたいて、お惣菜はスーパーで買ってきて食べる。
トイレに行ける。

幸せに充実して生きる”well being” は、また複雑で沢山の因子が絡むので、今回は話題にはしないのですが、

私が考える「健康の定義」

健康の定義は、まとめると、”自分自身で生きる力がある”、だと思います。
ここまでなら、外来にやってくるお年寄りは、「年金が少しだからねぇ、だから、家の庭に小さな畑作ってるよ」とかいいながらも生きることを目的にしたり、「飼ってるわんちゃんも15歳、一緒に年取ってるの」、と生を持っています。

健康のカーブから外れる瞬間

人の手を借りてごはんを作って食べさせてもらう、自分でトイレに行けないからヘルパーさんにオムツをかえてもらう。
この状態になった時、お年寄りは涙ぐんで「もういいんだけどね、」と言います。
これは健康ではないと。
高齢者の方は言う。

介護を受けて生きることが健康という世界

もし、人の手を借りて生きていくことが多くの人、になってカーブを描くことになれば、それが普通の歳のとり方になって、そこから外れることが健康でないということになる。つまり介護を受けても何もできない、それが不健康ということになってしまいます。

科学は、社会はこのカーブの横に伸びる時間軸を伸ばしすぎたのではないでしょうか?

これは、まだ未解決問題です。これから来年には第一次ベビーブーム時代の団塊の世代が全員75歳を超えます。
私はこれからこの沢山の高齢者の方に出会い、一緒に何が健康なのか、を健康を考えていきたいと思います。


このうがい液使い始めてから、風邪ひいてません!^^


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