【短編小説】お気に入りのスノードーム
彼女は雪を降らせる。
ふわりふわり雪が舞う。
黒い目を輝かせ、恍惚の眼差しを僕に向ける。その瞳は、嘘偽りなどは感じられないほど無垢で、油断すると吸い込まれてしまいそうな魅力があった。
どうやら僕は、その瞳に一目惚れされたようだ。
僕は、今までこれほど露骨な好意を寄せられたことがなかったため、初めはその圧力に慄いたが、悪い気はしなかった。むしろ素直に嬉しいとも感じた。これがモテる男のサガってやつだな、なるほど。
紳士な僕は、彼女の想いに応えることにした。
今日も彼女は雪を降らせる。
ふわりふわり雪が舞う。
あれからというもの、彼女の僕への惚れ具合は相変わらずで、毎日あの黒い目を輝かせて、とろけるような表情で僕を見つめるのだ。そんなに見つめても何も出て来やしないのに、何が楽しいんだろうか。このままだと、黒い目の光で僕に穴が空いてしまう。それくらい、僕にとって彼女は、太陽のような存在になっていた。彼女と一緒にいる時は、雪が降っていても温かい気持ちになれた。
僕も彼女のことを、よく見つめるようになった。じっくり見ると、目は黒に茶色が少し入った奥深い色彩で、その中に僕を真っ直ぐ捉える黒黒とした瞳があることが分かった。この瞳からは逃れられないと少し怖気付いたが、逃げる気もさらさら無い。
睫毛も長くて綺麗だし、寒いのか照れているのか赤く染まっている頬も可愛らしい。黒髪の少し癖のある猫っ毛もチャーミングだ。あと僕を前にすると、目尻を下げ、口元を緩ませ、ふにゃっと笑うのは、すごくいい。
どうやら僕は、彼女のことが大好きになっていた。
今年も彼女は雪を降らせる。
ふわりふわり雪が舞う。
久しぶりに僕の目に映る君は、少し大人っぽく見えた。黒髪の猫っ毛は去年より長くなっていたけど、僕に向ける、あの、奥深く真っ直ぐな眼差しは変わっていなかった。
僕の彼女への気持ちも変わっていない、どころか想いは増すばかりだった。やっぱり彼女に会えると胸が高鳴るし、幸福感に満たされる。いつも通り、彼女に見つめられて、僕も彼女を見つめる。それ以上はしない。僕は、彼女に触れてみたい、抱きしめてみたい。そんなことを考えるようになっていた。
先に惚れたのは彼女の方だ。なのに今となっては、僕の方が彼女のことを。そんなの情けないではないか。
僕は、赤服の紳士として彼女の想いに応えただけだ。
あの、嘘偽りの無い眼差しを信じただけだ。
なのに、こんなの、フェアじゃない。
雪の降る日が、少なくなった。
本当は気付いていた。
触れられないことも、抱きしめられないことも。
いつだってガラス越しだった。
彼女の街には、雪は降らない。
僕の世界には、ふわりふわり雪が舞う。
彼女の街には、季節が流れる。
僕はずっとクリスマス。
作者 : 雪田
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