【小説】つれづれ草(6)

 車内はすっかり空いていて、好きに座ることができた。ドア近くの窓際、端の席に腰かけて、周囲を確認する。まばらにのぞく後ろ頭には、何も乗っては居ないし、傍らに佇むものも居ないようだった。人が少ないと視界の賑やかさも嘘のようだ。
 ほっと、車窓に目を移すといつものビル街や広告看板の代わりに、視界には翼が広がった。膝には冷たい鞄とパスタサラダ。車窓には天使。
 昨日は、いつもどおり寝た。一昨日も。その前も。今は繁忙期でもないし、帰宅が深夜を回ることもない。むやみに携帯電話を触っていたかもしれないが、かわったことは何もない。外食もしない、寄り道もしない。教会に近寄ったこともない。神社にも行ってない。何も身に覚えはない。
「・・・・・・。」
 いや。そういえば、退職願いをだしたか、昨日。
 天使の髪は長く金色で、肌の色素は薄い。透けるようとはよく言ったもので、対照的な自分の黒く、短い髪と顔色。いつの間にか皺も増えた。化粧水をつけるべきだろうか。
「・・・・・・・。」
 相合傘とか今時あるのだろうか。
 窓枠に掘られた落書きを見て目を閉じた。黄色いような、赤いような、緑がちかちかと遊んでいるようで、等間隔にリズムよく黒が走り抜けていく。どうせすぐ開けないといけないが、ひと時、瞼の裏を感じる。
 ひと駅。ふた駅。車内アナウンスが、最寄り駅が近いことを告げた。
「・・・・・・・。」
金髪を視界の端にとらえながら、レジ袋と通勤カバンをつかみなおした。

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