やっちゃば一代記 思い出(15)
大木健二の洋菜ものがたり
除草剤で夢も消える
オゼイユ
俗にいう「スカンポ」で、本物の野菜と言えるようになったのは1980年代、全国に自生しているスカンポを折あるごとに齧って歩きましたが、日本ではヨーロッパ産に匹敵するような特有の酸味を持つものにお目にかかれません。国産は抽苔(ちゅうたい)した茎のところに酸味が付くだけですが、ヨーロッパ産は葉にも酸味が行き渡り、サラダにすると絶妙の味を出します。
終戦直後から特定の愛好家だけに珍重されているので、一般に普及するまでには至っていません。当時はフランス生まれの種を使って暖かい時期は北海道十勝、寒い時期は鹿児島で栽培し、お客様の「メニューに入れても大丈夫?」という不安を一掃しました。レストランやホテルが心配するのは、安定して商材が手に入るかどうか、という点です。そうしたニーズに応えられる産地を探すのに駆けずり回ったものでした。
1990年頃自宅近くの青山橋(港区青山霊園付近)の脇の空き地にオゼイユを発見して飛び上がるほど嬉しかったことがあります。そこは私がいたずら気を出して、ミントか何かを植えた場所でした。多分近くの外人さんが、それにそそられて種を播いたのかもしれません。しばらくオゼイユが育っていくのを楽しませてもらいました。ところが何日かして車で通りかかると、様子が一変し、オゼイユが消えていました。除草剤が撒かれたからです。いまその場所には桜が植樹されましたが、あの可憐なオゼイユが初めて日本に根付くかもしれない、かすかなチャンスだっただけに、地団太を踏む思いでいでした。
※オゼイユ
同種のスカンポは日本でも各地で見られます。国産は東北でハウス栽培さ
れ、山菜として市場に出回っています。これに対して、ヨーロッパ産は料
理の本場フランスでさえ一般的ではない野菜ですが、クリスチャンディオ
―ルが著わした”手縫いの料理”にはポタージュの素材として紹介されてお
り、知る人ぞ知る野菜です。ただ、日本のフランス料理では使われる機会
がかなり少なく、フランス料理にかなり精通したプロ好みの素材と言えま
す。
古代エジプト時代には食用とされ、ローマ人は食生活を豊かにする食べ物
として利用していたそうです。やや苦く、酸味があるため口当たりがさっ
ぱりしています。新鮮なところを生かすのが味噌で、調理時間は短いほう
がいいですね。若い葉はサラダにしたり、塩水で茹でた後ピューレにする
と、仔牛肉、豚、魚卵を使った料理に合うようです。