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おじちゃんと孫(誕生日の約束)

父の握り拳程あった肺がんが破裂し、肺炎になって緊急入院。

担当医からは「覚悟しておいて下さい。」と言われたが、私は人間は意外としぶといと思っていた。

しかも、父はそんなに簡単に負ける人じゃないと信じていた。

そして数日後、本人から連絡がきた。

「特別に時間をもらったから、病院に来て話がしたい。お前だけで良いから。」

そう言う父の声は途切れ途切れで、苦しいながらも絞り出すように話をした。

病院に行くと、不機嫌そうな看護師さんに「特別ですからね。短い時間でお願いします。」そう言われて、防護エプロンに帽子を被せられ、部屋に案内された。

「来たか。」
ベッドに寝ているかと思えば、座っていた。
特殊な形の酸素マスクをして、点滴に、ベッドの隣には大きな機械と、簡易トイレ。

大きな機械には、父の背後から出ている管から茶色い血のような液体が、タンクに流れ込んでいた。

細かい事を聞いている時間は無かった。

父は苦しそうにしながら、ゆっくりと話始めた。

遺言だった。

仕事の事は、引き継いでもらえるように話を通しておく。

ただ、事務処理や給料の支払い、手続きは任せるから頼む。

葬式はやって欲しい。ただ、戒名は要らないし、本当に形だけで良いから、その辺は兄とも話をして決めて欲しい。

病院の服は着たくないから、着換えの予備を買って1週間に1回、洗濯物を取りにきて新しい物を届けて欲しい。

あとは、保険の手続きをして欲しいと。

そして、父から銀行の通帳を預かった。
これは父が生きてきた全てだ。
「あと何年か頑張れば、中古でも良いから自分の仕事場を買いたいんだ。」
そう言っていたのは、つい最近の事だった。

もっと聞きたい事があった。

「もうそろそろ良いですか?」

またしても機嫌が悪そうな看護師さんの注意を受けた。

何とか話は出来るから、分からない事があれば電話しても大丈夫だと知って、少しホッとしたが、ちゃんとお別れも出来ないまま部屋を急いで出ていった。

コロナだから仕方ない。
会えただけでもありがたいと思わなければ。

そう思うのと同時に、やらなきゃいけない事が頭の中で駆け巡った。

全部引き受ける「覚悟」。
担当医から言われたそれとは違うものだ。

「あいつ(息子)の誕生日までには、帰るから。言っといてくれ。」

家に帰って、短い時間だったが、じいちゃんと息子は電話で話をした。

「来月までには帰ってくるんだよ!約束だよ!」

少し先の約束が、力になれば良いと思った。


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