おじいちゃんと孫(入院と覚悟)
病院に到着すると、すかさず車椅子に父を乗せた。
電話で事情を話しておいた事もあって、看護師さんがすぐに対応してくれた。
個室に案内されて、体温、血圧、酸素濃度測定。
父の咳は痰がからんで、落ち着かない状態だった。
「酸素濃度低いね。苦しいよね?すぐ酸素持ってくるから。」
酸素を投与してもらいながら、順番を待った。
息子は近くで、ただ寄り添っていた。
私は、来ないと分かっていたが兄に連絡をした。
コロナの規制が緩和されているとはいえ、呼吸器系のこの病院は、面会はほぼできないと思ったからだ。
診察後、レントゲン。
既に上手く動けなくなっていた父に、手を貸してレントゲン室に入っていったのは息子だった。
現実は残酷だった。
「がんと思われるこの部分ですが。」
診察室でレントゲン写真を前に、指を指す。
「これが、最初に撮った方ですね。で、こちらが今の状態です。分かりますかね?塊が壊れてしまったんですね。それが肺全体に回ってしまっていて、肺炎をおこしてます。」
言葉を失った。
塊が破裂?そんな事が実際に起きるのか?
「後で担当医から細かい説明はさせますが、入院です。」
入院が決まった。
すると、兄がひょっこりとやってきた。
父と兄は犬猿の仲だ。色々あった。それは私が1番分かっている。それでも来てくれた。
私は父が、少しは感謝るすのだと思っていたが、そうではなかった。
「おぉ来たのか。お前に引導を渡す時が来たみたいだな。」
弱々しい声で兄を見て言った言葉は、皮肉にしか聞こえなかった。
心の中では「来てくれてありがとう」だろ!
と思いながらも、私が代わりに感謝した。
簡単な事情を兄に説明して、看護師さんに病棟に連れられて行くのを、私と息子と兄で見送った。
「書類とか会社の事とか、私が全部やるから。お兄ちゃんは何もしなくていいからさ。来てくれただけありがとう。」
私は兄に迷惑はかけたくなかった。
この時、覚悟を決めた。これからの父の事は私が全部背負うのだと。
それから書類を書いて、看護師さんからの説明を受けた。
担当医からの説明もそれから少しして、私1人で聞く事にした。
生検の結果、癌である事が確定した事。
その癌の塊の中(散らばった腐った組織)がどういう悪い反応を起こすか分からない事。
最悪、肺炎の治療中に出血があれば対応が間に合わない可能性がある事。
「覚悟しておいて下さい。」
若い男の先生は、私にも分かる様に、言葉を選びながら時々考え込むように話をした。
「最悪の場合の延命処置ですが。どうしますか?お父さんはしないと言っておりますが、ご家族の意見も確認させて下さい。」
私は即座に「私は父がそう言うのなら、希望しません。それに、母がかつて延命処置をしていて…苦しい時間を延ばす事は、しないであげて下さい。」
張り詰めいた気持ちが、そこで切れてしまった。涙が出てきてしまった。覚悟なんて、母の時に何度も聞かされて、医者の言う「覚悟」なんて言葉は信じてなかったのに。
帰りの車で、息子が「先生どうって?」と聞いてきた。
「何が起きるか分からないから、覚悟して下さいって。まぁ、医者っていうのは1番悪い話をするからね。」
涙は流さず済んだ。
「それより、じいちゃんとおじちゃんは仲悪いの?」と普通に思うであろう疑問を投げかけられる。
「色々あったからね。聞きたいなら昔話するけど?どうする?」
茶化して反応を見た。
「いや。いいや。俺にとってのじいちゃんは今のじいちゃんだから。」
ここから父の入院生活が始まった。