2024.11.12の日記「脳内整理整頓」
久しぶりに本を読み始めた。
例の本ね。(過去の日記参照)
読む時間をつくることができなくて(ポケポケとかいう魔物ゲームに取り憑かれてしまった)会社の昼休憩に読むのをスタートさせた。
50ページほどしか読み進めることができなかったが、作者の感性には毎度驚かされるな。と。
ただ一つ、本当におこがましいのだが私と重なってしまう点を本当に第三者から見たらだるいと思われてしまって間違いないのだが見つけてしまった。
それは、作者も考えや気持ををどこかにアウトプットしないと一生そのことについて考えたり思い悩んだりしてしまうのだろうなと。
文章の書き方的に。
ここまで書いておいてあれだけど、作者に関しては全然違う事もありうるので、本を読んで私はこうなんだろうなと思ったって言い換えたほうがいいか。このほうがいいな。
私の文章は本当に独り言みたいなもの。思ったこと感じたことをただひたすらに脈略もなくだらだら書き続けている。日によっては書かないと~って思うことがあるけど、毎日なんらかの文章は書いている。
これって、私のガス抜きなんだなと。気づいた。
私って、1つ思ったことがあるとそれについて永遠考えてしまうところがある。例えば、先日友人と会ったときにあんなこと言ってたけどあの場面であの相づちは違ったんじゃないかな。違う相づちをしていたらどんな会話になってたのかな。とかね。
たらればの空想を永遠してしまう。
あのときこうしたらもっと言い流れになったんじゃないか。とかさ。あの人ももっと違う言い方してくれたら私はこんなモヤモヤした気持ちになることはなかったんじゃないかとか。
ずっとたられば。
未来のたらればもめちゃくちゃ考える。
過去のたらればと未来のたらればがごっちゃになって頭の中がパンパンになる時がある。考えがあっち行ってこっちいて、、、、、。
そこで活躍するのがTwitterである。
考えとか気持ちをちょっと小出しに外に出すことによって気持ちを落ち着かせる、考えを落ち着かせることができる。と、思う。あくまで思う。
思えば中学3年生からTwitterと共に生きてきたわけで。私とTwitterって切っても切れない関係なのはこう言うことだったのか。と、1人で納得した。
友人や家族と話す機会が多ければアウトプット先が会話になるので自ずとツイートの頻度は少なくなる。が、わたしは友達がまず少ないし、仕事中なんかはずっと喋ってるわけにはいかない。
で、Twitterな。
なるほどすぎるな。
妙に腑に落ちた。
わたしとTwitterの関係。
情報を入れると言うより考えを小出しにしてるんだ。
インプットよりアウトプットってわけね。
なのでこの日記もいいアウトプット先になっているのかも。イイネとかされることによって、読まれてる感が生まれて、アウトプットのしがいがあるというか。
そんなことを思った日でした。
じゃ、また。
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