言語に隠された文化と心
一時帰国の折
ヘルシンキから東京に向かう機内にて
着陸後にフィンランド語、英語とアナウンスが続き、最後に日本語が。
「当機をお降りになった後も、目的地までどうかお気を付けていってらっしゃいませ」
日本語にだけ、この一言が添えられていました。
自分たちの言語にだけ、敬語で。
ほっと安心する心のこもった気遣い。
これだよこれ。
身に染みるなあ、帰ってきたなあ。
日本語ってなんて良い言語なんだ。
言語の本質は、それらに反映された独自の文化や精神性ではないでしょうか?
海外で生活する一日本人という立場から
言語について感じたことを書いてみます。
敬語は日本語に独特か?
日本語に独特な表現方法とされる敬語。
僕がこれまでに学習した外国語は
英語、韓国語、中国語、フィンランド語。
これらの言語に敬語がないわけではありません。
韓国語には厳密な敬語があります。
英語には敬語にあたる文法はありません。
ただ、状況に応じて好まれる言い回しが異なります。
相手に敬意を払うとき
アカデミックな会話をするとき
ケースに応じて使うべき表現が英語にはかなりあります。
日本語に独特な言葉と心
では、日本語にだけ感じる面白さは何か?
それは「話し手が距離感を調節できるところ」。
敬語を使えば、自分の考えを優しく包み込んで相手に伝えられるので、思いやりが伝わりやすくなります。
一方、初対面や職場の人など、一定の距離を置きたいときにも敬語は有効です。
「ちょっとこの人と話すのは気まずいんだよな~」という時でも、敬語を使えばお互いに不快な思いをしません。
日本人にとってもややこしい敬語ですが
「思いやり」と「距離感」という相反する心理を両立させる繊細さが素敵だなと思います。
教科書には載らない言葉と心の関係
帰国時に感動した着陸後のアナウンス。
あの時、なぜCAさんが飛行機を降りた後のことも気遣う一言を添えたのか?どうして数ある日本語の表現の中から柔らかい言い回しの敬語を選んだのか?
このような問いに答えるには、日本語能力だけでなく日本文化や精神性への深い理解が必要です。
ここには、日本語の教科書には書ききれない、日本人ならではの合理性があります。そして、その合理性は日本人に特有であるからこそ、他の言語で表現するのは非常に難しいのです。
飛行機内でのちょっとした一言から、日本語という言語が文法や語彙を超えた、日本人の精神性を反映していることを再認識しました。
自分が日本人であること
外国語を学習してきたこと
現在は海外で毎日英語を使っていること
こういったことが重なり、今回のようなことに気づけたのだとも感じました。
語学学習が楽しい理由
話者集団の精神性が言語を特徴づけるのは、何も日本語に限ったことではないでしょう。
語学学習がなぜ楽しいか
それは、言語が分かれば文化を深く理解できるからです。
僕は現在フィンランドに住んでいます。
職場での公用語は英語なので、英語さえ使えれば日々の生活に不自由はありません。
ただ、フィンランドへ移住して以来、この国をもっと知りたいと毎日感じます。そして、もっとこの国の人、文化、社会とつながっていたいとも思います。
フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語であり、やっぱり母語で話しかけたときのほうが腹を割って話してくれる感覚があります。
そのため、今はネイティブの友人に手を借りながらフィンランド語を勉強しています。
語学学習を継続すれば、フィンランド語を通じて新たな発見をする機会が増えるでしょう。
これからもフィンランド語が話せるからこそ知りえるフィンランド人の精神性に刺激を受けたいなと思います。
最後に…
一般的に抱かれるフィンランドのイメージには偏りがあると思っています。
移住して知った、日本でのフィンランドのイメージをぶち壊すのに十分な (?) フィンランド語の曲を置いておきます。
フィンランド語に特有な響きも合わせてご覧ください。
Olen Suomalainen
和訳: おれはフィンランド人だ