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プログレバンドのリーダー論(プログレッシヴ・エッセイ 第20回)
レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジに憧れてギターを始め、同時期に金属恵比須の前身バンドを結成した。以来33年間、バンドのリーダーを務めている。
それから、さまざまな音楽を聴くときには、
「リーダーは誰なのか」
を必ず意識していた。そしてリーダーは何をするのかを、解説書や図書館の蔵書などで学ぼうとしていた。
最初はやはりジミー・ペイジ。ケチという噂を知り、小学校6年の時、自販機の下を覗いては小銭を集めてジュースを買っていた。のちに“ケチ”の噂の原因は、新人メンバーとの食事が割り勘だったからということがわかり、ペイジは別に自販機の下の小銭を集めていたわけではないことを悟る。
中学2年の時にはキング・クリムゾンのギタリスト、ロバート・フリップに傾倒。ギタープレイはもちろんのことだが、意識したのは取材の態度。インタビューでは哲学的とも取れる不可解な受け答えや、取材陣に対して論理的に追いつめて、それ以上何もいわせないようにするなど逸話が多く残っている。
それを真似しようとするも、当時の金属恵比須は10代で取材を受けることなどほとんどない。仕方ないので当時の彼女との会話でこれを実践してみた。
「ヘリクツばっか!」
と激怒され、何度も別れを宣告されることとなる。
その後研究したのが聖飢魔II創始者のダミアン浜田殿下(敬称当時)だった。自らはデビュー前に退きながらもバンドを存続させる“魔力”に惹かれた。そして聖飢魔IIは現在もなお休止を含みながらも活動をしている。
奇しくも2020年に金属恵比須はダミアン浜田陛下(敬称現在)のメジャーデビューにあたり、“改臟人間”(メンバーのようなもの)としてサポートした(金属恵比須によるサポートは終了)。ダミアン浜田陛下とは何度も対談させていただき、リーダー論を語り合ったのが懐かしい。
日本経済新聞・夕刊の連載「私のリーダー論」で村上一平氏(関西学院理事長、元日清製粉グループ本社社長)は、リーダーの条件はないと前置きをしつつこう語る。
まねしないということです。先例をまねしたり、先例を学んだりはあっていい。でも、リーダー論を聞いてそうなりたいと思ってもなれない。
ケチやヘリクツのまねをしても、ツェッペリンにもクリムゾンにもなれないのか。村上氏は続ける。
同じ状況・環境は絶対再現しないものです。
ジミー・ペイジがいる英国には、たしかに自販機は多くないだろう。小銭なんて拾えやしない。
何はともあれ安心した。
ロバート・フリップを真似て一生懸命同じフレーズを弾けなくてもいいんだ。
今日も練習するの、やめた。
【参考資料】
日本経済新聞 2024年4月18日夕刊 2面
「私のリーダー論」
村上一平氏(関西学院理事長、元日清製粉グループ本社社長)