見出し画像

【富士山お中道を歩いて自然観察】 はじめに

富士山の中腹(標高2,300〜2,500 m付近)を巡るお中道は、火山荒原や森林を横切りながら歩ける遊歩道です。富士山は山頂への登山を目的とした人が多く訪れる山ですが、バスを途中下車してお中道を歩く人はあまり多くありません。

お中道を歩けば、火山荒原への植物の定着と森林ができあがるようす、火山荒原独特の崩れやすい砂礫や冬の強風・低温のような厳しい環境で生き抜く植物のすがたを、何年も待たなくてもあるいは山に分け入らなくても、手軽に観察できます。

この連載(20回くらいを予定)は、富士山研究の第一人者であった植物学者の先生がまとめた内容を本文に、教え子(まつざわ)が図や写真をつけて書いています。

記事は観察地点ごとに、山梨県側富士スバルラインの奥庭駐車場を起点に、5合目駐車場までのお中道を歩いているようなようすでお伝えしていきます。植物を中心とした連載になりますが、環境との関わりに着目した植物の生き方を伝える、植物図鑑とは一味違ったものとしてお読みいただければと思います。

記事を読んで興味を持った皆さんが、この夏お中道を歩いて貰えたら嬉しいです。

(まつざわ)

富士登山では、荒涼とした登山道の登りが続くが、お中道は豊かな自然にあふれている。

山頂を見上げながら、ゆっくりと観察をして歩くことで、動植物に親しみ、自然の営みを理解することができるだろう。

富士山の植生は現在進行形

北アルプスなどでみられる高山植物、ハイマツやライチョウは約2万年前の氷河期にシベリアなどユーラシア大陸北部から南下したものといわれている。氷河期が終わり温暖になった際、低標高の地域から消えて高山帯にだけ取り残され、現在に至っている。

これに対して、現在の富士山の山体は約1万年前の火山活動によって形作られたものである。

噴火の年代が新しい富士山では、北アルプスのような高山生態系を見ることはできない。富士山の大規模な火山活動が休止した後に定着を始めた植物の種類はまだわずかだが、お中道を歩くことで、植物がどのようにして新しい山に定着して、生態系を形作っていくのか、そのダイナミックな過程を私たちは目の当たりにみることができる。

カラマツの芽生え

遷移せんい

植生は火山の噴火などで破壊されても、自ら再生する能力をもっている。

富士山では、噴火によって溶岩やスコリアの荒原になっても、少しずつ植生が回復し、最終的には極相林と呼ばれる 森林に達することができる。その過程を遷移せんいという。

スコリア
火山の噴出物で、火山礫(直径2㎜~64㎜)のうち、玄武岩のマグマが上昇して冷えて固まるときに、含まれていた水などが蒸発して多孔質となったもの。砂礫状。

赤褐色の砂礫がスコリア。灰色の岩が溶岩
スコリアは一粒一粒がゴツゴツしている

遷移の初めは、 まだ肥沃な土壌がないため、栄養に乏しく乾燥しやすい、植物にとっては厳しい環境である。そのような環境でも生育できる限られた植物をパイオニア植物(先駆種)という。 

パイオニア植物、先駆種
遷移の過程で、初期のまだ植生が十分に発達していない段階で定着・成長できる植物種のこと。一般に、明るい場所を好み、乾燥や栄養不足に強い。富士山のように雪崩が頻発して地盤が不安定な場所では、傷害を受けても地下茎や萌芽ぼうがで再生できる植物がパイオニア植物となることが多い。

進む一次遷移

富士山では、スコリア上と溶岩上で始まる2系列の遷移がある。

富士山の一次遷移イメージ
  1. スコリアの地面はゴロゴロと動きやすく不安定。地下茎を伸ばすイタドリのような先駆草本が生える

  2. 草本の定着により地面が安定して、ようやく先駆樹木が定着できるようになる

  3. 一方、溶岩上では地面ががっしりと安定している。初めからカラマツ、ダケカンバ、ミヤマハンノキなどの先駆樹木が育つ

  4. 先駆樹木が育ち、明るい陽樹林(カラマツ林やダケカンバ林)ができる

  5. 陽樹林の下にシラビソやコメツガなどの陰樹が入り込む

  6. 極相林(シラビソ林やコメツガ林)ができる

陽樹と陰樹
明るい場所で多くの光合成を行い成長の速い陽樹と、暗い場所を好み成長の遅い陰樹とがある。一般に遷移の初期のパイオニア植物は陽樹で、陽樹林を形成する。親木の元では陽樹の稚樹は暗すぎて成長できないので、陰樹にとって替わられる。

極相、極相林
遷移が進んで、最終的にそこの気候に最も適した植生に達すると安定して維持され、その植生を極相という。日本列島は十分な降水量に恵まれるため、極相は森林(極相林)となる。

森林限界

本州中部では、標高 1,600 m以上の地域は亜高山帯といわれ、シラビソ、オオシラビソなどのモミ属やコメツガなどの常緑針葉樹林からなる。常緑針葉樹林は、北アルプスなどでは標高約 2,500 m までしか成立できず、この高さを森林限界と呼ぶ。 

標高が上がるにつれ亜高山帯の森林が取りれるところが森林限界
森林限界のイメージ
標高が上がるにつれ亜高山帯の森林が途切れるところが森林限界

上昇中の森林限界

富士山のお中道では、森林限界は標高 2,200 m と低い。それは富士山がまだ遷移の途上にあるためで、時間がたてば富士山でも標高 2,500 m 付近まで森林が上昇できると考えられている。

実際に、御庭から上を望むと、森林が上昇している様子をみることができる。

御庭から見た富士山

富士山は北アルプスのような他の山と違って、一次遷移の始まりから森林が出来上がっていく過程を見ることができる珍しい山です。
歩き始める前に、次回はこれから歩くお中道とはどんな所かをご紹介します。

(まつざわ)

いいなと思ったら応援しよう!