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息子(3)のことばで気づいた信頼関係の話。

うちの息子はことばが早く、3歳半にまだなっていないのですが本当にいろんなことをペラペラと話してくれます。

先日、ある人について、「△△のことは好きと違う!(関西弁)イヤ!」と言うので、『そんなこと言ったら悲しいよ』と諭しつつ、理由を尋ねてみました。

すると、「だって、△△は、〇〇君(自分)のおうちに来て遊んでくれたりしないから」と言うのです。


…なるほど…!!!

これまで『好きじゃない』と言うたびに、『そんな悲しいこと言わないで』と諭してきたけれど、なるほど~と腹落ちしてしまいました。

息子の中での周りの人への信頼(好きかそうでないか)は、『自分を見てくれているか、自分とどれだけ遊んでくれたか』で判断されていたのです。

1年に数回しか会わない人や、これまで1・2回しか会ったことがなくても『大好き!』という場合もあれば、頻繁に会っていても『好きと違う』ということもある。その理由がストンと落ちました。


『自分を愛してくれてると思える人のことが好き』

当たり前のようにも思えます。
でも、教員をしていた経験でも思うのですが、大人側はその視点が抜けている人が多くいる気がしています

例えば、先生同士の会話でよく聞かれる『あいつはダメだ』とか『扱いづらい』といったことば。
これも、子ども側からすると、”あなたにだから”そういう態度してんねん、という話だと思います。

わたしはそんなことを堂々と言っている先生を見ると、自分が信頼されていないことを自信満々に話せてすごいなぁ…と思ってしまいますが、意外とたくさんいます。こういう先生。

そして、会社でも然り。また家族でも然りだと思っています。

懐いてくれない

これを、子どもや相手側のせいにする大人。結構たくさん見ます。

『人見知り?』『親にしか懐かない?』『難しい年ごろ?』『最近の若い子は…』

こんなことばを言う前に、自分が相手に何をしてあげられているか、自分が相手に敬意をもって接することができているか、それを考えるべきなんだと改めて思いました。もちろん、相手側に問題があるケースも多分に考えられます。

でも、子どもは正直です。かつ、本質を突いている

わたしはこの息子のことばで、ふと自分と祖父母との関係を思い出しました。

わたしは高校を卒業して家を出るまで、父方の祖父母と同居していました。
でも、母方の祖父母と仲が良くて、今も健在の祖母には月に1回ほど手紙を書いており、年に1、2回はどんな時でも会いに行っています。

過ごした時間は圧倒的に父方の祖父母の方が長いけれど、わたしの気持ちは全然違っているのです。

あまりこのことについて深く考えたことがなかったのですが、
今回これを思い出したとき、単に人としての性格の合う・合わないではなく、子どものころにどれだけ一緒に遊んでくれたかが非常に重要になっていることに気がつきました。

同居していた祖父母は、所謂THE・昔の考え方。
家族なんだから、長男だから、嫁だから、長女だから、という言葉をよく使う人たちでした。

わたしたちは会いに行くのが当たり前で、向こうから何かをコンタクトしてきた記憶はほぼありません。
けれど節目節目には金一封を渡され、お金をあげている=愛情 みたいに思っているのかな?と子どもながらに思っていました。(ドライな中高時代)

一方、母方の祖父母は運動会にもマラソン大会にも必ず来てくれました。
それも毎回朝ものすごく早くからスタンバイしてくれ、子どもながらに『おじいちゃんとおばあちゃんはすごく自分のことを応援してくれているんだ』と思っていました。

家を出てからは、『会いに来ないのか?』と催促してくる父方の家より、『遠いのに、忙しいのに、こんなところまでよく来てくれたね~!』といつも泣いて喜んでくれる母方の祖父母のところによく行くようになりました。

もちろんどちらの祖父母のことも好きです。愛情をもって接してもらったなと思っています。
大人になった頃には、父方の祖父母の考え方や時代も理解できましたし、感謝もたくさんしています。
でもやっぱり、わたしが大好きでいっぱい思い出があるのは、母方の祖父母なのです。

そんなことを息子のことばで思い出し、
見返りを求めるわけではなく、人と人との信頼関係の入り口は、
・その人がどれだけ自分に愛とリスペクトをもって接してくれるか
『言わなくてもわかるだろう』などという傲慢さを捨て、子どもでもわかるように伝えること。
が大事だなと思いました。

コミュニケーションって本当に大事ですね。

決して口が上手である必要はないと思っています。
何故なら子どもは口下手な人にでも懐くからです。

人に好かれたければ、まず人を好きになる。

興味をもってほしければ、まず興味を持つ。

そんな当たり前なことを、そして対大人になるとなぜか忘れてしまいがちなことを、またしても3歳の息子に気付かせてもらいました。

わたしは母になって、本当に多くのことを子どもから学んでいます。
忘れていたことを思い出したり、自分の間違いや傲慢さに気がついたり。
そして、こんなにも純粋な生き物が、大人になっていく様を近くで見られるって、本当に尊い経験だなと思います。
これからもたくさん学ばせてもらいます!ありがとうMY SON!


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