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運命の人

若い時に恋に落ち、そのまま結ばれたらハッピーだろう。
しかし、人生そう簡単にはいかないことも多々ある。
若い時に出会い、心から愛し合ったのに、何かの歯車がズレて別れてしまう。「あの人と結婚していたら、どんな人生だったろう?」ふとした眠れない夜に、そう思うこともあるだろう。
だけど、運命というのは、そんなに残酷ではなかったりもするのだなぁと、そんなことをこの夏想った。

この夏、私はスペインの小さな村、人口より牛の数の方が多いというとても小さな村の巡礼宿でボランティアをした。
これは、その宿に滞在中に聞いた話。

この宿はもともと、スペイン人の友人が経営するものだった。しかし友人と彼氏は熟慮の末、この宿をアメリカ人女性とスペイン人のカップルに売却した。
この夏、宿の新しいオーナーであるアメリカ人女性キャサリンとパートナーのアレハンドロは2週間のバケーションに出ていた。スペイン人の友人はその間の宿の世話人を頼まれており、一人では大変だからと、私に声がかかったのである。
ある日の昼下がり、宿のベッドメイキングと掃除を終えたコーヒーを飲みながら一休みしている私に、夕飯の仕込みを終えた友人が話しかけてきた。
「ねぇ、キャサリンとアレハンドロの馴れ初めの話って、したっけ?」
そう言って、彼女は、宿の新オーナーであるキャサリンとアレハンドロの恋愛話をシェアしてくれた。

キャサリンとアレハンドロは、今は50代後半だそう。しかし、二人が結婚したのはつい昨年のことで、二人は中年ではあるが、新婚らしい。
「じゃあ、二人は最近であったの?」
「それがね、違うのよ。すごい恋愛ストーリーなの」

友人が教えてくれたことによると、キャサリンとアレハンドロは、今から30年近く前、二人が20代の頃に出会って付き合っていたことがあるらしい。
その時キャサリンはアメリカの大学に通っていたけれど、1年間だけスペインに交換留学で来ていたらしい。その留学先で地元の大学生だったアレハンドロと出会い、二人は恋に落ち、1年間付き合っていたそう。
1年後、キャサリンがアメリカに戻る時、二人は涙ながらに遠距離恋愛で愛を育もうと誓って、物理的に離れたそう。
しかし、30年前はスカイプもズームもなく、今よりもっと国際恋愛が難しかった時代。若い二人の愛は物理的な距離に勝つことができず、自然消滅してしまったそう。

その後、キャサリンはアメリカで就職し、アメリカ人の彼と結婚し、2人の娘を産み、家族4人の幸せな家庭を育んでいた。
同様に、アレハンドロはスペインの大学を卒業し、マドリッドで就職。地元の女性と結婚し、1人の息子さんと3人、温かい家庭生活を送っていた。

そんなふうにして20年以上の月日が経った。
キャサリンと旦那さんは、いろいろ難しいこともあり、娘の成人と共に離婚を決意し、離婚したそう。
しばらく、キャサリンは独り身で生活していたが、ある時、彼女が寂しそうにしているのを心配した娘から、フェースブックやソーシャルメディアをつかって、交友関係を広げることを進められたそう。
「顔と本名を出すのは、なんか怖い」というキャサリンをわき目に、娘さんがキャサリンのフェースブックアカウントを作り、プロフィール写真をセットし、投稿してしまった。
最初は「怖いから消す!」と言っていたキャサリンだが、フェースブックのレコメンドエンジンにより、疎遠になっていた学生時代の友人たちと繋がれるようになり、フェースブックを活用し出したそう。
「フェースブックでこんなに昔の友達と繋がれるなんて」という思いが彼女の中の何かを刺激したのか、ある時キャサリンは、20代の頃に心から愛したスペイン人の彼のことを思い出していた。
「アレハンドロ・XXX」
一人で飲んでいたワインで少し酔っていたのもあるのだろう、軽い気持ちでアレハンドロの名前を検索してみた。
すると、そこには20年以上歳を重ねた、アレハンドロの写真が上がってきた。
「彼には家庭があるに違いない。メッセージを送ったら迷惑に違いない。そもそも、私のことはもう覚えていないかもしれない。今頃何の用だというのか?」
色々な思いが頭の中を駆け巡ったけれど、気づいた時にはメッセージを送っていた。
「たまたまあなたのプロフィールを見つけたの。随分と久しぶりだけど、覚えている?元気にしている?」

翌朝、シラフに戻ったキャサリンは、なんて馬鹿なメッセージを送ってしまったんだろうと思い直し、どうか時差で彼がまだメッセージに気づいていませんようにと祈りながら、メッセージを消そうとした。
しかし、フェースブックを開いた彼女がみたのは、彼からの返信だった。

「なんという驚きだろう!もちろん覚えているよ、キャサリン!メッセージをありがとう。僕はなんとかやっているよ。数年前に、息子が大学を卒業したんだ。それと同時に、僕も結婚を卒業してね。この歳になって再び一人暮らしになるとは思わなかったけど、なんとかやっているよ。君はどうしているの?今もアメリカに住んでいるの?」

そこから二人はオンラインでのやり取りを再開し、その冬にはキャサリンがアレハンドロを訪ねてスペインに行き、翌年の夏にはアレハンドロがキャサリンを訪ねてアメリカに行き、半年ちょっとの遠距離の末、キャサリンがスペインに英語の講師の職を得て引っ越し、そこから同棲を開始し、昨年、二人は結婚をした。

「だからね、二人は50歳を過ぎているけれど、新婚だから、ラブラブなの。しかも20代の時に一度本気で付き合っていた二人だからね。ある意味、運命の二人だよね。お互い一度は違う人と結婚し、違う人との間に子供をもうけたのに、30年近い時を経て、再開して、結ばれるなんて」

スペイン人の友人は、そう、教えてくれた。

”運命の人”と聞くと、出会ってすぐに結ばれる。そんなふうに思いがちだけれど、その時結ばれなくても、10年、20年、30年の時を経て、しかも、お互いが違う人と結婚をし、子供を産んでいるのに、それでもなお、結ばれることがあるなんて。
なんてロマンチックだろう。
人生は、終わってみるまで、本当にわからない。
かつて運命の人と思ったけれど、結ばれなかったあの人とも、この先結ばれることも、あるのかもしれない。




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