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〒2 ル・モンタージュ

 優美は暑いのが嫌いで、こういう真夏日にはお出かけしないんだけど、今日は佐紀ちゃんとの約束があったからしぶしぶ家を出た。日傘にワンピースっていう涼し気な格好で街を歩いて、たまには暑いのもいいじゃないってこっそり思った。でもね、彼女の肌は陽射しに耐えられない。小さなころにお父さんと海へ行き、全身真っ赤になって戻ってきたことがあるんだ。その時からお母さんは彼女にたっぷり日焼け止めを塗ってあげ、どんなに暑くても長袖を着るように言いつけた。そんな彼女の肌は信じられないくらいに白くて、同時に疑いようがないほど白かった。それでも優美は陽射しが好きだった。彼女は晴れた日にお母さんが庭の花壇に水をやっているのを見るのが大好き。

 その日、私と優美は広瀬通りのコーヒーラウンジで偶然会った。私は窓際の席であまりの暑さにしかめ面をしていたところだったんだけど、ブラインドの隙間から優美がお店のドアを開くのが見えたから、とっさに小さくなって見つからないようにしたの。見つかると厄介だからね。でも、彼女はすぐに私を見つけた。私の鼻がランドマークみたいに立っているから遠くからでも見つけられるんだと彼女は言う。優美は私の向かいに座った。私はどっかいってよと言った。彼女はにこにこしてこう言う。
「あなたが違う席に座ればいいんじゃない?」

 優美はコーヒーを片手に昔の話をした。散々優美が自分のことをあれこれ語るのを聞いたあと、私はあなたのことにまるで興味が持てないと言った。優美は気を悪くしてにこにこした。

 私たちが長いことお喋りしていると、私の方が店を出なくちゃならなくなった。私には用事があったから。十三時には仙台駅のフラワーショップで、デニムのエプロンをしてお花を包んだり遠くの町へ届けたりしなければならなかった。そうして私はお金をもらっていた。彼女は大層なことだねと言った。私は店を出て正午過ぎの強い日射しを浴びながら仙台駅へ歩いた。

 優美はそれから十分くらいして席を立った。おいしいコーヒーをありがとうと店員さんに伝えると、店員さんは困ったように微笑んだ。その様子が不気味だったので優美はさっさと店を出た。優美は仙台駅に着くとステンドグラスの前にいる佐紀ちゃんに声をかけた。
「おはよう。素敵なスカートだね」
佐紀ちゃんは驚いた。そしておそるおそる優美に尋ねた。
「どうしてあなたがここにいるの? 私、なんか約束したっけ?」彼女は携帯を取り出してメールを確認し始めた。
「あ、これかあ」彼女は納得したように言う。そして初回の講義を始めるみたいに丁寧で注意深い説明を始めた。佐紀ちゃんは優美が何か言う前にすべてを言いきってしまおうと、発話に寸分の隙間も作らなかった。

「私があなたに送ったメールね、これ、13時に仙台駅のステンドグラス前で待ってます、そう書いてるでしょ。メールを送る相手を間違えたとかそういうのじゃないの。ただ」
「あなたがこれを読んで、まさか本当に来てくれるなんてね、予想外だったわけ。だってわたしはあなたに来てほしくてメールしたわけじゃないし、メールを読んだあなたが来るなんて思いもしないわけよ」
「メールを読んであなたはこうすべきだった。たっぷりのコーヒーを飲んで、お日様にあたってまったりしながら、私にこうメールする。送る相手を間違えてるんじゃないかしら?おはよう、おはよう、おはよう!って」
「では、ごきげんよう」
 彼女は足早に地下鉄仙台駅へと去っていった。








(彼女に限らず、この街には13時におはようということについて、否定的な人間が多いんだ)

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