トミヤマユキコ「ネオ日本食ノート」14
大衆酒場のネオさを語らおう(夫と)その3(最終回) 神保町「酔の助」
夫婦で大衆酒場のネオさについて語ってきたこのシリーズも、今回が最終回である。だいぶ酒が入ってきて、いよいよ会話に深みがなくなってきているが、そこも含めてお楽しみいただきたい。
加藤:『パンケーキ・ノート』を作ってるときに、タイトル候補を出しまくる会を開催したじゃないですか。MOBYさんにもご参加いただいて。そのときに一案として『粉場放浪記』っていうのが出たんですよね(笑)。
トミヤマ:出ましたね(笑)。おかもっちゃんが考えたんじゃなかったかな。わたしも「この本はパンケーキ版の『酒場放浪記』だ!」と思っていたので、気に入ってたんですよ。残念ながらタイトルにはできなかったけど、吉田類さんご本人に「これ、『粉場放浪記』になる可能性があったんですよ」って言いながら本をお渡ししたら「なんでやねん(笑)!」って言いながら受け取ってもらえて嬉しかったですね。
加藤:『粉場放浪記』、案外よかったかも知れないですけどね〜。
トミヤマ:ね〜。実際に本を出してみたら、奇跡のようなタイミングでパンケーキブームがきて、『パンケーキ・ノート』は最先端かつオシャレな本、みたいなことになっちゃったんだけど、われわれとしては、渋い店を紹介したい欲がかなり強かったから、キラキラした「パンケーキ」より、渋さのある「粉場」の方がしっくりきてたという。
(『パンケーキ・ノート』のカバーは南千住「オンリー」のホットケーキ)
MOBY:なんとなく原宿の行列店のイメージが強いけど、人間味あふれるお店がたくさんあるよね。平井「ワンモア」しかり、南千住「オンリー」しかり。
トミヤマ:どのお店も、それぞれに味わい深いんだよね。家族みたいに接してくれる「ワンモア」のお父さんも好きだし、なかなか顔を覚えてくれない錦糸町「ニット」のお母さんも好き。この間、友だちとニットに行ってお茶してたら「お客さん、すみません、トミヤマユキコさんに似てるって言われません?」って声かけられて、さすがだなと(笑)。
MOBY:マイペースなのがたまんないんだよね。
トミヤマ:そうなの。あ、でも、古いお店だけがいい粉場なわけじゃなくて、原宿の「レインボーパンケーキ」もいい粉場だよ。
MOBY:『マツコの知らない世界』にユキちゃんが出演したとき、マツコさんが「原宿に負けた」って言ってたお店だね。美味しいって言ったら負けだと思ってたけど、美味しかったってやつ。
トミヤマ:そうそう。いかにも今どきの流行りのお店、って感じがするかもしれないけど、大規模にチェーン展開するわけでもなく、美味しいパンケーキでまじめに勝負します、っていう気概が感じられるので、わたしの中ではすごくいい粉場ですね、あそこは。見た目に騙されてはいけない。あそこはガチの粉場です。
加藤:じゃあ、トミヤマさん的にあんまり粉場感がないお店っていうのは……?
トミヤマ:これは酒場と一緒なんだけど、やっぱりチェーン店ぽいお店は避けたいですよね。「美味しいけど、ここじゃなくても食べられるのでは?」と思っちゃうと、感動が半減する。もちろん、周囲にパンケーキが食べられるお店がない場合はそこに行くし、美味しく食べますよ? でも、たくさん選択肢があるのに、あえてチェーンぽい店を選ぶ理由はないわけで。
加藤:酒場と一緒で、やっぱり均質化したものを避けたいんですかね。
トミヤマ:そうでしょうね。でもさ、均質化してないものがよい、とか偉そうに言いながら、『パンケーキ・ノート』の最初の原稿は、全部「丸くて、ふわふわで、おいしい」みたいな文章になっちゃって。己の原稿が均質化したという……。
加藤:それぞれのお店の個性がちゃんと見えるように書くの、大変でしたもんね。
トミヤマ:かなり苦労しましたね。フードライターの人を心から尊敬したし、「王様のブランチ」とかで食レポしてる若い女の子のこともめっちゃ尊敬した。それで、この先どうやって原稿を書き進めればいいんだと思いながら、勉強のために吉田類『酒場歳時記』(NHK出版)を読んで、食べ物のことばっか書かなくていいんだ、もっとお店全体に目を向けていいんだ、ということを学びましたね。それでお店の方の人柄についても積極的に書くようになって。
MOBY:まさに鶏ガラ、豚ガラ、人柄ですね!
トミヤマ:なにそれ?
MOBY:ラーメン評論家・武内伸の名言だよ。「ラーメンは鶏ガラ、豚ガラ、人柄」っていうのがあるの。
トミヤマ:なんだよ急に(笑)。でも、やっぱり、人柄って大事だよね。「ワンモア」なんて、テレビに出たあと、繁盛しすぎちゃって大変なことになったんだけど、行列に並んでいた人をナンパしてバイトにしたり、近隣のお店の人が皿洗いの係をやりはじめたりして、本当に人柄の素晴らしさだけで乗り切ってた。あれは非常に感動的でしたね。
MOBY:非マニュアル的だし、アナログだよね。
トミヤマ:そうなの。テレビに出ようが、繁盛店になろうが、基本的には自分たちのやり方でやりますので皆さん協力してくださいね、という姿勢が逆に良かったんだと思う。変に気をつかってお客さんに合わせてたら、すぐに飽きられていたかもしれない。
MOBY:それは大衆酒場にも言えることだね。
トミヤマ:そうだね。やっぱり、マニュアル化されすぎていたり、一貫性がありすぎるものっていうのは、飽きるし、同じ事ことの繰り返しって疲れるんじゃないですか? 外国のひとはまた違う感覚を持っているかもしれないけど、少なくとも今の日本では、少しスキがあったり、バグが発生する余地のある食のあり方が愛されている気がしますね。ていうか、ネオ日本食なんてまさに、バグみたいなもんだもん。
加藤:あ、でもですね、イタリアは結構ネオいんですよ!
トミヤマ:ほんと?
加藤:イタリアで何年も修行した料理人が“これぞ本場”って感じで出してくれたパスタが、表現悪いですけど、ぐちゃっとしてて見た目もきれいじゃないのに、すっごい美味しかったんですよ。忘れられない。喩えるなら、リトル小岩井のスパゲティみたいな(笑)。
トミヤマ:まあ、美しさは重視してないね、リトル小岩井は。
MOBY:でもすっごく美味しいんだよね、わかるわかる。
加藤:だからイタリア料理とネオ日本食って、案外根っこの部分は似てるんじゃないかと思うんですよね。
トミヤマ:イタリア料理って、日本には定着しなかったメニューもあるんだろうけど、ラザニアとかはみんなすぐ好きになったじゃん? すぐに受け入れたよね?
MOBY:あれは餃子みたいなもんだから。
トミヤマ:!!!
MOBY:ラビオリなんてワンタンじゃん。
トミヤマ:!!!!!
MOBY:オリーブオイルやトマトソースといった装飾をはぎとると、基本の構造が一緒なんだよ。
トミヤマ:ほんとだ。
MOBY:そして日本人はそういう食べ物がやけに好き。
トミヤマ:そしてスキあらばすぐネオらせると。すぐネオらせる、と言えば、ここ数年でアヒージョがだいぶネオってきたでしょ。たこ焼き器で作るといいとか、餅を入れると旨いとか、どんどん勝手な解釈が入ってきてる(笑)。この間なんて、飲み屋に味噌味のアヒージョがあったから思わず頼んじゃったよ。なんでこんなにもネオらせるんだろうな〜。島国だからかな〜。
(某店で遭遇した、ネオいとしか言いようがないきくらげとモツの味噌アヒージョ。写真だとひたすら茶色いですが、美味しかったです)
加藤:外国語が得意な人とかいっぱいいるはずなのに、みんなオリジナルがどんなものなのか、調べたりしないですよね。飛行機だってこんなに飛んでるんだから、行こうと思えば、現地調査に行けるのに。
トミヤマ:裏を取らないよね。
加藤:まあでも、勝手であって欲しいですよね、ネオ日本食の発展のためには。
トミヤマ&MOBY:うん!
トミヤマ:勝手がネオ日本食を生み出すエネルギーだから、伝統なんかに縛られることなく、勝手にやってくれと思いますね。
MOBY:ほんとだね。勝手って、悪い意味に使われることが多いけど、ネオ日本食に関しては、完全に褒め言葉だね。
……夫婦対談はこれにて終了です。お付き合いいただきありがとうございました。
(香港の食堂でおかもっちゃんが食べてたトマトパスタ(ネオ香港食?)もぐちゃっとしていた)
オカモト”MOBY”タクヤ
4人組ファンクバンド、SCOOBIE DOのドラマー兼マネージャー。「LIVE CHAMP」として知られるバンドは今年結成22年目を迎えた。野球、アメリカ横断ウルトラクイズ、香港、そして大衆酒場をこよなく愛しており、FMおだわら「NO BASEBALL, NO LIFE」のMCを担当するほか、AbemaTIMESで「大衆酒場大学」を連載中。香港政府観光局認定の「香港マイスター」や、MLBの野球解説者といった肩書きも持っている。ちなみに、妻のトミヤマとは2014年に結婚した。