46.んのとこ
日々のエセー『まいにちとことこ』。
第46回は、「んのとこ」。「ん」について。
日本語の「ん」は五十音の最後に位置する。
しかし、その文字が持つ音は、実に多様だ。
IPA(国際音声記号)で[ɴ]の音だったり、[m]の音だったり。[n]だったり、[ŋ]だったり、[ɲ̟]だったり。はたまた、[ɰ̃]や[ʋ̟̃]や[ɹ̃]や[j̃]だったりする。
それをこのひとつの仮名、表音文字の「ん」で表す。
かつてシェイクスピアは「終わり良ければすべて良し」と、自作の戯曲にそう名付けた。
五十音の「ん」は、その終わりを示している。
けれども、その肝心の「ん」は、終わりであるがゆえに、前や後の何かを暗に求めている。それ単独での使用は珍しい。
「ん?」と言う場合、それまでの文脈が、つまりそれに対する疑問ないし確認がある(「ん」の場合は、肯定または否定である)。
この場合、「ん」は、何か別の話題の始まりでもある。
「終わりは始まりだ」。これもよく言ったものである。
では、本当にそう言えるだろうか? 「ん」は終わりの始まりだろうか? それとも、たんなる終わりだろうか?
きっと、「ん」は、自らで終わることを知らない/知らなかったはずだ。なぜなら、それは特定の音を持たず、語や文の位置によって、発音が変わるのだから。
「ん」は、終わりでも始まりでもなにものでもない、ニュートラルでその都度役割を果たす音である。真に多様性に満ちている。
[2024.9.26]