![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/6552377/rectangle_large_af5126fd1e9a018c72b19a12f58d71db.jpg?width=1200)
昭和12年のお嬢様料理「蟹のコロツケ」
蟹のコロツケ
掲載:「料理の友」昭和13年5月号(原文抜粋)
先ず蟹は鑵より出し細かにほぐし骨を取り除き、玉葱(小一個)は微塵切りにして置きます。
フライパンにバター大匙半杯を煮溶かし前の玉葱と蟹をよく炒め、盬胡椒して置きます。次に別鍋にバター大匙一杯を煮溶かし、メリケン粉大匙一杯半入れ弱火(とろび)で焦げぬ様に炒め、細かいあぶくがふいて来る様になりし時牛乳五勺を徐々に入れ、盬胡椒してかきまぜ糊の様にかたまりし時レモン汁又は酢を茶匙一杯入れ炒めた蟹と玉葱を入れてまぜ皿に取り冷まして暫くの後、それを五個に分けて小判型に調へメリケン粉をうつすりつけ卵液をつけパン粉をつけ鍋の中にラードを煮たゝせこんがりと色よく揚げます皿に蟹のコロツケを一個づゝつけ馬鈴薯を茹でバター炒めしたものとパセリ一枝添へウスターソースをかけて供します。
まずは読み解く
おわかりいただけるだろうか。
まるで算数の文章問題のようなこのレシピを。
これは蟹のコロッケ、つまりカニクリームコロッケの作り方なんです。
かの『蟹工船』(小林多喜二著:リンクは青空文庫です)が発表されたのが昭和4(1929)年。まあ、ほぼ同時代のお話です。作中、地獄と語られる船で作られた缶詰がここういうところで使われているわけですね。プロレタリアとブルジョワ。なるほど。
ともかく、この文章問題を解きます。散文レシピ、句読点も曖昧で、音読すると楽しい気もします。
「盬胡椒してかきまぜ糊の様にかたまりし時」とか、とても格調高い。
【材料】五人前
※五人前の料理であるという但し書きがコーナー最初にあるため、断定
蟹缶 1個、玉葱小 1個、バター 大匙1半杯 小麦粉 大匙1杯
牛乳5勺(75cc)、レモン汁(または酢)茶さじ1
卵・小麦粉・パン粉、ラード(揚油)
付け合わせ
馬鈴薯 茹でバター炒め
初回「トマトオムレツ」でも触れた通り、我が家にはバター嫌いがいるために、炒めものにはオリーブオイルを使用します。が、さすがにホワイトソース分にあたるところはバターを使う許可を取りました。
また、付け合わせもなしにします。バター炒めだからです。
【作り方】
(1)タマネギを微塵切りにして炒め、カニ缶の中身も炒める
(2)別鍋にバターを溶かして小麦粉をいれ、牛乳を足し、レモン汁をいれて、ホワイトソースを作る
(3)(1)と(2)を混ぜあわせ、冷ます
(4)(3)を小判形に成形し、衣を付けてラードで揚げる
ホワイトソースにレモン汁(か、酢)を入れるって、初めて知りました。へー。
作ってみ……ようとした!
さあ、蟹缶だ! 人生初の蟹缶を買うぞ、とトキメキいたところで、ふと気がつきました。五人前で一缶と書いてあるけれども、当時の缶の容量がわからないじゃないですか。私は一体、どの蟹缶を買えばいいのか?
「料理の友」には鮭缶と蟹缶の広告はでていましたが、「かに鑵詰」とページ一杯に書いてあるばかりで、容量も価格もわかりません。どうしよう……。
と、目の前のPCで検索をしてみました。
当時の缶詰に関するデータはほとんどなかったんですが、缶パッケージが過去のヤフオクに出されていたのを発見しました。(すでに取り引き済みのものであること、オークションものであることの2点から、リンクは張りません)
当時の蟹缶、100匁(375g)と185gの表示のある2種類を確認! よし!
五人前なので、大きい方の缶を使ったと想定します。
(ちなみに、別資料によれば、昭和ヒトケタ期には蟹缶100匁で40銭強していたらしいです。昭和12年だともう少し下がって、20〜25銭くらいではないかと推定。現在価格でいうと、1200〜1500円くらい?)
作ってみた
もうちょっとでレモンを忘れるところだったけど、思い出したからいいことにしましょう。
そしてカニ缶は55gのものを四つ用意、したところで計算ミスに気がつきました。5人前375gということは、1人前75g。2人前を作るのだから、150gでいいわけです。……3缶ですよね? わお!
炒める前に気がついたので、いいことにしましょう。
炒めてみたところ、どうにも水気が多い。
タマネギからの水分というよりは、カニ缶の汁気です。でも、この水っぽいところに旨みがあるわけなので、捨てられませんよねぇ……。どうしよう、と一抹の不安。不安。
そして、この不安は見事に爆発しました。
そう。成形できないんです。みっちゃーと広がってしまって、衣どころか小麦粉をまぶすのも一苦労。
揚げたら、まあ、悲惨なことに……。
失敗も晒しますよ。
嗚呼、無残なる哉!
所感
苦闘したんですが、あかんことになりました……。私たちがクリームコロッケとしてよくみる俵型は、あれ、成形しやすさからああなっているんじゃないでしょうか。
半べそになりましたけど、ふと妄想。
かつて、この「料理の友」を手に取ったお嬢様方も、このような失敗をしたのではないかしら。まさか一缶20銭もするような食材を無駄にしたなんてことになったら、お母様にもお父様にも申し訳ないって、泣いちゃったんじゃないかしら。
うん、うん。そうだよね、そうだよね。悲しいね、失敗は……。
この失敗を糧にして、明日は美味しいものをいただきましょうね。
愚案するに、今回の原因は、蟹缶の汁気を封じ込めきれなかったこと。形にしやすいことを考えると、対策は大きく二つ。
1:(2)のホワイトソースを固めに作る
2:(3)の段階で一度、凍らせる
1だと料理スキルが必要で、2だと揚げる際に温度変化でコロッケが爆散しないように注意する必要があると思います。
ちなみに、本日は余分に買ってしまった蟹缶を使って、トマトコンソメのスープにしました。
見た目は悲惨なんですが、味は悪くなかったです。おいしかったです。もう少し揚げ方に工夫して、リベンジしたいです。
ごちそうさまでした。
次は甘い物を作ってみたいな。
2018/05/24 追記
ホワイトソースを固くする方法を考えていて、いいことを思いついた。自分の料理の腕に期待するより、市販品のステキなものの力を借りるということ!
ばーん!
食べてくれる係から「当時はそんなものはなかったんだから、それはズルだ」というクレームが速攻で入りました。
だがしかし、私はそのツッコミを待っていたのだった。
みよ! 昭和12年8月号掲載のこの広告を!
「サンヨー印 クリームスープの素」は、粉末ホワイトソースだったようです。牛乳で溶いて使ったのかもしれません。
そう、つまり、当時から、ホワイトソースを作る手間と技術にはちゃんと、プロからのサポートがあったってわけですよ。(なお、この缶詰を出している逸見山陽堂さんは現在のサンヨー堂さんのことです。モモ缶には子供の頃からお世話になっておりました。)
この製品または子孫があったら使ってもいいんじゃないかなーと思って調べてみたんですが、ありませんでした。
ハインツでは気持ちが違うし、がまんがまん。
自分でなんとかできるようにします。うーん。