『店長』〜50歳道子の移動スーパー奮闘記〜vol.12
『島本 さん、今日はコレ持って行こうよ。今、氷貰ってくるからさ。』
窪田店長が大きな発泡スチロールに20本くらいのペットボトルの飲み物を入れて移動車まで持って来た。
今日のお手伝いは窪田店長だ。金曜日はお客様も多く、移動車一台では間に合わないので、店長がマイカーを出して2台で回っている。
4月下旬だが、今日の気温は真夏並みだ。確かに冷たい飲み物は売れるかも知れない。
『しかし、移動販売、募集かけても全然人が来ないよねー。なんでかねー。俺、今の給料もらえるんなら、移動販売やりたいよ。』
店長は氷がたっぷり入った発泡スチロールに蓋を閉めながら言った。(店長、人が来ない理由、自分で言ってますよ。時給が安すぎるんですよ。)道子は心の中で答えた。
『島本 さん、お友達とかで一緒にやりたい人いない?紹介してよー』
誰が言えるだろう、『朝、7時30分出勤で夕方は6時すぎまで残業して、昼休憩もとれなくて、トイレも我慢する日あるけど、日焼けして健康的だし楽しいから一緒に移動スーパーやらない?』
それでなくても数少ない友達をそんなことで無くしたくない。また、その答えも飲み込んで
『私、友達いないので』
と道子は笑いながら答えた。
店長の窪田は、50代半ばでスラッとしている、コロナ禍でマスクをしているのでなかなかのイケメンだ。マスクを取ったら普通だったが。
道子から見て店長の嫌なところはケチなところだ。何でも100均で買って来いと言う。ホームセンターで買ったほうが長持ちして快適に使えるモノもたくさんあるのに、100均で買わせようとする。買い物自体、自分で買わないと気が済まない。買って来たモノが使いにくいことも多々ある。『カゴを留めるゴム買っていいですか?』と聞いたら『いいよ!100均にあるよね!』…百均縛りだ。
『うわー!こんな高いお茶買う人いるんだ』と、こんなこともよく言っている。
どちらからと言うと美味しいものはある程度お金を払ってもいいと思っている道子の考えとはちょっと違う。
残業にもかなり目を光らせている。それは店長としては良いのかもしれないが、こちらは1分1秒早く帰りたいところ片付けをやっているのに、腕時計をチラチラ見ながら『まだ、終わらない?』と聞いてくるのはイライラするのだ。
あともう一つはセッカチなところだ。移動車の扉を跳ね上げる時、上げ切らないうちに間に入り込んで荷物を下ろそうとする。
お客様のお釣り2300円だとすると先に2,000円渡すのだが、2,000円渡す前に300円横から渡してしまう。道子はおっとりしている方ではないが、横に店長がいると急かされた気分になるのだ。
それでも、店長は移動スーパーの手伝いによく入ってくれるのでありがたい。何より店長自ら移動販売に来てくれるなんて。とお客様には好評だ。入社したばかりの道子にもやりたいようにやらせてくれる。ただお母さんのように心配するが。
持ってきた氷水に浮かんだペットボトルのお茶やジュースが、たまたま販売場所近くの工事現場のお兄さん達に全部売れた。店長は困ったような笑顔で、
『これだから、商売辞められないよなぁ!』
道子は店長の笑顔、初めて見た気がした。