見出し画像

『叱責②』〜50歳道子の移動スーパー奮闘記〜vol.18

前回のあらすじ
道子の移動スーパー始まって半年が経った。先週来なかった小林に、来なかったね。と挨拶代わりに言うと、小林は顔を真っ赤にして怒ってしまった。


 9月はもう終わろうとしているが、道子はまだ長袖に替えようと思わない。紫外線対策を考えると真夏こそアームカバーや日焼け止めを塗った方が良いと思うが、面倒くさい。日焼け止めは朝塗ったとしても昼休憩に塗り直す事はしない。来年にはシミだらけになって泣いているだろう。
 運転するので、右腕は真っ黒だ。前職で運搬をやっていたのでそこそこ筋肉も付いている。高校生の息子から『競走馬の足』と言われるが、道子は日焼けした自分の右腕が好きだ。
 道子はそんな右腕を眺めながら、今日、小林に怒られた事を思い出していた。

『俺はなー!そういうこと言われるのが一番嫌いなんだ!今度そんなこと言ったら、二度と来ねーからな!』

『オレは来てる方だと思うぞ』

何度も小林の言葉が頭に繰り返される。
いちいち構われることが嫌なのか?移動スーパーに来るのは自由だから、来たの来ないの言わないで欲しいと言う意味なのだろうか。道子にとっては挨拶だったのだ。来なかったことを咎めた訳でもないし、本気でどうしたのだろうか?何かあったのだろうか?と心配した訳でもない。どうしてあんな風に顔を真っ赤にまでして怒ったのか…
 その日、お手伝いに入ってくれていた中本は『色んなお客さんいるから…』と道子を慰めてくれた。中本は日頃はSマーケットのパートで和風日配を担当している。道子より3歳年上で勤務15年目のベテランだ。

 『色んなお客さん』よく聞く言葉だ。接客業ではこの言葉の後ろには『だから理不尽に怒られても割り切って気にしない事』というのが付いてくるような気がする。
 でも道子は割り切れない。小林が怒ったのには理由があるはずだ。

 数日後の事だった。ある販売場所に毎週来ている70代くらいの女性が道子に言った。

『ここの販売場所、無くなる?』

『えっ!何でですか?無くなりませんけど。』

『皆んなで話してたのよー。たくさん買わないと来なくなっちゃうよねって。ここ、利用者少ないし、皆んな一人暮らしだから買う量も少ないじゃない?』

確かに道子が回っている販売場所の中では売上は少ない方だが、ルートの変更は時間もお金もかかるので簡単に変更は出来ないと本部の人が言っていた。

『まだ始まって半年ですから…でも皆さんいつも来てくれてるし、大丈夫ですよ。無くなったら私が困ります。』

道子は笑いながら答えた。
お客は続けて言った。

『区長にも自分が誘致したから是非行って下さい。って発破かけられてるから来ないとねー』

 道子はハッとした。小林の顔が浮かんだ。発破かけられている…?道子がお客さんと会うのは1週間のうち、ほんの15分だ。それ以外、お客様やその地域でどういう話がされているのかは知らない。全く話をされてないかも知れないが、こんな事も言われてるのではないか。

『是非、移動スーパー利用してください。今は必要なくても5年、10年後まで来てもらうように。皆さん車の運転いつまでできますか?利用者が居ないと来なくなってしまいますよ。』

発破をかけてくれた区長が悪い訳でもない。実際これは移動スーパーが始まるきっかけなんだから本当の事だ。道子も区長に会う機会があれば、皆さんにお声がけください、とお願いしている。しかし、『行かなきゃ、自分が行かないと来なくなってしまう。』とプレッシャーに思う人がいるのではないか。小林もそうだったのではないか。区長や周りの人に会うたび『移動スーパー利用してる?行かないとなくなるよ。』と言われていたのではないか。
先週来なくて『ごめんね、ごめんね。』と誤ってくるおばあちゃん。『来週は来られないからね。』と予め知らせてくれるおじいちゃん。他の販売場所でも心当たりがあった。

『オレは来てる方だと思うぞ。』

この言葉は行くことが義務のようになってしまった小林の怒りだったのかも知れない。

 移動スーパーの客は待ち望んで来ている人ばかりではない。私達は、行ってやってる、利用者は皆んな有難いと思っている、社会貢献などと奢ってはいけない。

道子は思った。これは社会貢献じゃない。れっきとした商売だ。お客様全員を義務ではなく、来ることを楽しみにさせるスーパーにする。車を運転してスーパーに行けるが、Sマーケットの移動スーパーに行けば楽しい!待ち遠しい!だから利用する!そう思われる販売をするんだ。

 来週の月曜日は小林さんが好きなイカの唐揚げと芋の天ぷら、売り切れないように取置きしておこう。もう一組のご夫婦が来るかも知れないから奥さんが好きなミカン、多めに積んでおこう。

 道子は注文ノートの月曜日の欄に『イカの唐揚げ、芋天ぷら、ミカン』と書き加えた。

いいなと思ったら応援しよう!