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別れた男と神社に行く話

毎月1日は氏神様に一緒に挨拶をしに行くのが恒例だった。

彼と恋愛関係にある間は、お互い仕事が休みの日はデートをするのが暗黙の了解になっていたが、毎月1日は休みが会わなくてもなんとか時間を作って一緒に参拝に行っていた。
さらに、関係を解消した後もしばらくはこのルールが継続されていた。

私は彼と『友人として』関係を再構築したかったし、彼もそう望んでいるから2人の時間を持ってくれていたのだろうと思う。

しかし、最近は2人で会うことを彼が避けるようになっていると感じていた。


二週間前の金曜日のことだ。仕事の内容をきっかけに電話をする機会を得た。
会話は弾み、想定していたよりも長い時間話し込んでしまった。
彼は、私を避けるようになる前と何も変わらない、なんなら恋愛関係中とも変わらない様子だった。

その週の日曜日は彼も私も休みだった。

断られたら、もう誘うのは辞めよう。
ついでに、避けているならハッキリ言ってもらおう。
そう思って予定を確認した。

案の定、断られてしまった。
悲しかったが、努めて明るく、私を避けている理由を聞いた。
動揺していることを悟られるのが恥ずかしかった。

彼は真面目な口調で答えてくれた。
・他に定期的に会っている女性がいること。
・私と2人で会うことはその女性に失礼になると思っていること。
・私の事をまだ好きでいてくれていること。
・この状態で2人きりで過ごすことは、友人関係の再構築に適していないと思うこと。

かねてより彼は、恋人を欲しがっていた。
私を避けるようになった理由に、恋人候補が見つかったのだろうと推測していたので納得できた。誤魔化さずに教えてくれたことに感謝している。

意外だったのは、彼が私のことをまだ好きだと言ってくれたことだった。
毎日ごちゃごちゃ考えてしまう、と言っていた。
私も同じ状況だったので嬉しかった。
どこまで本音かはわからないけれど…

「じゃあ、もう一緒に神社にも行かない?」と半ば諦めながら聞いてみた。
実は、その翌週の9月1日も日曜日で彼も私も休みだった。
これを断られるようだったら、本当にもう友人としての関係も終わるだろうなと考えながら聞いてみた。
彼は「そうだね、そうなるね。」と言った。

さみしかった。最後のダメ押しでもう一度、
「神社行くくらいだったら別に良くない?」と軽い口調で聞いてみたが、彼の返答は変わらなかった。

これ以上喋り続けるのは動揺を隠せない。
今日の電話を私が取り乱すような形で終わらせたくなかった。
また、ぐちゃぐちゃした気持ちを抱えながらも、次に進もうとしている彼の邪魔をするのも終わりにするべきだとも思った。

もう私からは誘わないこと、恋人ができたら教えて欲しいこと、真面目に答えてくれたことに対する感謝を伝え、
最後に、「立ち直るのにまだ時間がかかりそうだけど、お互い頑張ろうね!」と励ましあって電話を切った。


数日前、「1日の日曜日、10時に神社に行く」
とLINEがきた。
私に会いたかったのか、ただ予定を伝えただけなのか、私に対する同情なのか分からなかった。

その予定を私に伝えることで、私から「じゃあ私も行くー!楽しみ!」と返信が来てしまうとは思わなかったのだろうか。
そんなはずがない。

まだ私と会ってもいいと思ってくれていることは嬉しい。でも、私の諦めの気持ちをかき乱す彼にムカついてもいた。

ちょうどその日は台風の影響で天気が大荒れになる予報だった。
私は天気を理由に、「行けたら行く」と返事をした。彼は「偶然会えたらいいね」と言ってくれた。

もう、自分では決められない。
雨が降っていたら行かない、晴れたら行く。
完全に天に任せることにした。

それから当日までの数日間は天気予報をこまめにチェックし続けた。相変わらず1日は大荒れの予報だった。
神様が「もう無理だよ。諦めなさい。」と言っているように感じた。
残念だけど神様が言うなら仕方がない、と妙な清々しさもあった。


迎えた当日は、曇りだった。
嬉しいような恨めしいような複雑な気持ちになった。
10時に間に合う時間まで待とう。
出発時間になって雨が降ってきたら、行くのを辞めよう。そう決めて、できるだけ思考を停止させながら出かける準備をした。

その時間になっても雨は降ってこなかった。
雲は多いが、青空まで見えていた。
彼からの連絡は無い。行けば本当に会えるのだろうか。
私は神社へ向かった。

道中で神社へ向かう彼を見つけた。
彼が来ていることに安心した。
彼も私を見つけた様子だった。

少し離れたところからお互いに片手をあげて、無言の挨拶をした。
私は歩み寄りながら、なんでもないような感じで「よー!偶然だねぇ」と声をかけた。
彼は緊張したような笑顔で「偶然だね」と返してくれた。
多分、私も同じような笑顔をしていたのだろうと思う。

彼は少し鼻声だった。
前日に彼が夜更かしをしていたことを私は知っていた。彼は生活のリズムを崩すと、すぐ体調に現れる。
そのことを茶化したりしながら、2人で神社へ向かった。
会話の内容は以前と変わらないのに、2人の物理的な距離が遠くなっていることがさみしかった。

神社につくと、彼は自動販売機に向かった。
何が飲みたいか聞かれたが、別に飲みたくなかったので断った。
彼はオロナミンCを買っていた。オロナミンCに含まれる栄養成分が微小すぎることにケチをつけながら2人で笑った。

彼は飲み終わったビンをゴミ箱に捨てると、鳥居に向かって歩き出した。
私も後に続いた。

お辞儀をして、鳥居をくぐると拝殿から太鼓の音が聞こえた。
ちょうどご祈祷が始まったようだった。
私は「偶然ご祈祷に遭遇するのって、神様が歓迎してくれてるってことらしいよ」と彼に言った。
彼は興味が無さそうに返事をした。
彼は毎月神社に来るくせに、スピリチュアルなことに関心がない。そのちぐはぐさが彼の魅力で、そういうところが好きだった。

手水舎で手を清めたあと、彼はベンチに座った。すぐ参拝して帰るものだと思っていたので意外だった。
少しでも長い時間を私と過ごしても良いと思っているのかと期待した。

2人でベンチに座りながら、ほかの参拝客を眺めていた。
ご祈祷中だからか誰も鈴を鳴らさなかった。
若いカップルの男の子が、まるでゴミを投げ捨てるような仕草でお賽銭を入れていた。
その様子がおかしくて、2人で笑った。

背中が焼けて暑かった。
気がついたら太陽が出ていた。

「俺、見てなかったら鈴鳴らしてたな」と笑いながら、彼は拝殿へ向かった。
私と長く一緒にいるためじゃなく、予習のためにベンチに座ったんだとわかって少し悲しかった。

私たちは鈴を鳴らさず、やさしくお賽銭を入れ、お参りをした。
拝殿からは祝詞が聞こえる。
私は今日雨が降らなかったことを感謝した。

彼は私よりも先にお参りを終えて、少し離れたところに立って待っていてくれた。
私が彼の方へ向かうと、彼はさっきとは別のベンチに座った。
私も彼の隣に腰を下ろした。彼の気持ちが全く分からなかった。

また2人でぼんやりと参拝客を眺めていた。
さっきのカップルが水御籤をしている様子が見えた。彼氏が彼女の写真を撮っていた。
この神社が、あのカップルにとっては良い思い出の場所になって欲しいと思った。

拝殿から鈴の音が聞こえた。
まだご祈祷は続いていたが、年配の男性が参拝のために鳴らしていた。
彼は自分も鳴らせば良かった、というような事を言って立ち上がり、拝殿に背中を向けた。

帰りの参道で、私が道の真ん中を歩いてることを注意された。このやり取りは2人のお決まりのパターンだった。
その後、私が彼にピッタリくっついて一緒に参道を歩き、鳥居をくぐるところまでがセットだった。

でも、その日はそれができなかった。
彼は参道の左側、私は右側を歩いて鳥居をくぐった。

帰り道、何を話して一緒に歩いていたのか全く覚えていない。
今の彼の気持ちを探ることにばかり集中していたが、全く見えなかった。

相変わらず雲は多いが、雨は降ってこない。
ちょっとくらい、ワガママを言ってみてもいいかもしれない、と思った。

それぞれの別れ道に着いたとき、
「今日はこれから何するの?」と聞いてみた。
彼は部屋の掃除をするだけだ、と答えた。
今思い返すと、その表情は少し迷惑そうにしていたように思う。
でもその時は気がつけなかった。

時間があるならお茶でもどうかと誘ってみた。
彼は苦笑しながら、行かないよと答えた。

今日雨が降っていれば良かったのに、と思った。

「わかった。もういいよ!!」とできる限りおどけながら、じゃあ、またねと手を振った。
彼は笑いながら「怒ってるやん」と私を茶化した。その笑顔からも彼の気持ちを読み取ることはできなかった。

彼も、またねと言いながら手を振った。
私は今日会えて嬉しかったと伝え、彼に背を向けた。

しばらく歩いて振り返ると、もう彼の姿は見えなかった。
彼が最後に見せたあの笑顔は安堵から来るものだったと思って、さみしかった。

私は改めて今日雨が降らなかったことを憎んだ。

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