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妻と歩んだ日32〜生きようとする意志と残酷な現実〜
2022年6月
朝、妻が起きた…
とりあえずホッとする…
旅行の疲れもあるのか、ほとんど動かない…
水も飲めないので、ガーゼで唇を湿らせる…
点滴後も、変化はない…
昨日までは、点滴後はまだ意識がハッキリとしてたのに…
昨日まで、旅行に行ってたとは思えない…
たまに、目だけでこっちを見て、また天井を見る…
来週は家の引き渡しだよ。
もうすぐ念願の新しい家に住めるよ。
楽しみだね。
…喋りかけても、反応もない…
息をするたびに変な音がする…
昼過ぎ、急に布団からでようと身じろぎする…
トイレかな?
トイレへ連れて行くと、どうやら違うらしい…
色々試した結果、紙とペンが欲しかったみたい…
とりあえず、体を支えながら、紙とペンを渡す…
妻は紙に線を描き出した。
手が震えているので、グニャグニャの横線…
その後、縦線も…
何だろ?
そこに1〜4までの数字を書き出す…
場所もバラバラ…
ここで妻が泣き出す…
紙とペンを手放して…
妻を布団に連れて行く…
妻は疲れたのかすぐに寝息が聞こえる…
妻が書いた紙を拾ってよく見る…
グニャグニャの線と、数字…
…
あ、カレンダー…
そうか、妻は予定を決めようとしてたのか…
きっと妻の本能はまだ生きる事を諦めていない…
なら、自分もまだ諦めるわけにはいかない…
夜、妻の呼吸がまた止まって、しばらくすると息をしだす…
昨日の晩は一回だけ…
今夜は定期的に繰り返す…
生きたいという気持ちと体の限界がせめぎ合っているような…
ただ、自分に出来る事は側で見守りながら、体をさするだけ…
もっと何かしてあげたいのに、何も出来ない…
また無力感で体が埋め尽くされる…
自分の決断が、きっと妻を苦しめている…
せめて来月の誕生日まで…
それが無理でも、せめて最期の時は、新しい家で…
もし、東京旅行行かなかったら、叶えてあげられたのかな…
もっと早く家を決めていたら…
いや、既に建っている家を買った方が良かったんじゃないか…
自分がした決断に次々と後悔が…
あぁダメだな…
また呼吸が浅くなる…
妻の手を握る…
元気じゃなくて良い。歩けなくても良い。
頼むから生きてくれ…
そばに居てくれるだけでいいから…
また呼吸が止まる…
…長い…
静かに名前を呼んでみる…
また呼吸をしだす…
呼吸が止まる度、次は無いんじゃないか…
恐怖と安堵を繰り返しながら朝を迎える…