見出し画像

一度は思い描いた異星人が淡々と出てくる「ようこそ地球さん」感想と紹介

星新一の小説を読んだことはありますか?

大体の方はあると答えるでしょう。
教科書に載っていたという声も多く、有名な星新一の作品ですが、私はほとんどと言っていいほど読んだことがありませんでした。

私は宇宙や天文学が大好きです。
星空を眺めに行くなどをするわけでもなく、プラネタリウムに赴くのが日課という訳でもありません。
でも、惑星や人工衛星、遠い星について、ブラックホールについて。そう言った文字を目にするとつい、反射的に手に取ってしまいます。
(ちなみに、天文学含め興味のあった理系進学を諦めたことは数学があまりに出来なかったためです)

というわけで、書店で「地球」の文字を見て思わず即購入に至った「ようこそ地球さん」

今回は特に気に入った話を3つだけ抜粋し、その感想を語っていきます。

「タイムマシン」で心躍らない人はいません。

「ようこそ地球さん」について

1972年に新潮社から発売された「ようこそ地球さん」は、ショートショート42編を集めたものです。
最初は「ようこそ宇宙へ」と題していたそうですが、目次に宇宙という字が多すぎて却下され、「ようこそ地球さん」になったそうです。


言うほど多くもない気がします。


「桃源郷」


あらすじ


まずは「桃源郷」です。
地球人たちの期待をのせたカメラ付きの探査機がついに「パル惑星」を訪れ、そこで映った映像を見守る人々、という構図から話は始まります。
この話の舞台となる「パル惑星」は、宇宙の桃源郷かもしれないといわれている惑星のことです。
大気や水の状態が、地球とほぼ同じ状態にあるのではないかと推測されています。

結論から言うと、この「パル惑星」ではとてもじゃないが住むことはできない。と、人類は引き返していきます

それだけならよくある話なのですが、そこに至るまでの過程がひと癖あって面白い。

なんと、パル惑星の異星人たちは、パル惑星をとんでもない星だと思わせるために演技をしていたのです。
核戦争後と思わせるような荒廃しきった土地。
ケロイドに罹ってよろよろと彷徨う痛ましい住民。
核兵器によって地殻変動が起き、流れ出した溶岩。

それらを全て、パル惑星の住民たちは「演出」していたのです。

そのネタバラシはなんとも軽快でした。
「きみのあのよろめき方は、すごい熱演だったぜ」
「ありがとう。だけど、笑いを押さえるのが苦しくてね」
住民たちの会話は、完全に侵略に慣れきっています。

そして最後は、「花のにおいに満ち、そよ風の優しく吹く野」に散っていくのです。

感想


人間の考えた惑星についての推察は当たっていました。
でも、そこは人間にとっての「桃源郷」ではなく、パル惑星の者たちのための「桃源郷」だった
「パル」は英語で「仲良し」「友達」という意味ですが、
「仲良し惑星」の名の通り、人類とは仲良くなれませんでした。
でも、住民たちは結託していて、しかもやり方が平和的なところが可愛らしい。

きっと、この異星人たちの軽やかな防衛術はずっと続いていくのでしょう。
とても好きな話でした。


「通信販売」

あらすじ

地球での流行遅れの品物や、生産過剰で処置に困った品物などを異星人たちに販売する仕事をしているセールスマンが主人公です。

彼はムカデから進化した住民たちにクツを売りつけたり、発声期間のない生物にラッパを売ったりして、かなり儲けています。

この「ようこそ地球さん」全ての作品に言えることですが、細かいことを説明しすぎない点がかなり好きです。
どういうことかというと、
例えば、「異星人たちとどうやって意思疎通しているのか」だったり、
「物を売ったり買ったりする概念はそもそも異星人たちにあるのか?」だったり、
「異星人たちの生活をどうやって調査してニーズに合わせているのか?」
など、考え出したらキリがありません。
ですが、それらは一切明かされていません
そんなことはどうでもいいからです。
確かに、私と同様に気になる方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそもの話のテンポが良すぎて、続きが気になった結果、どうでも良くなる。そんな現象が起きてしまうのです。
作り込みが細かい訳ではないからこそ、話の大筋に集中できますし、
あえて作り込まないことで、壮大な宇宙というテーマをカジュアルに楽しめる空気感を作ってくれているんじゃないかと、個人的には思っています。

話を戻しますが、
タイトルに「通信販売」とある通り、このセールスマンは通信販売を行なっていて、ときどき、集金のために実際に星々を訪ねます。

新規の顧客である惑星からシャベルを1万個、という注文を発送し終え、次にピクニックで使うような携帯食品の注文が入りました
そこでセールスマンは考えます。
「きっと国土の開発に懸命になっているのだろう」
弁当とシャベルを用い、一生懸命土地の開発をしていると見込んだのでした。
さらなる事業の拡大のため、セールスマンは注文の品である携帯食品以外も宇宙船に積み込み、売り込むべく地球を出発します。
ラジオや高級品だけでなく、
どんな腕の太さの異星人にもすぐに巻き付くベルトを備えた、その星の自転に合わせて調整される腕時計」なんてものも積んでいました。

期待に胸を膨らませ、到着するセールスマン。
ですがそこで、大きな考えちがいをしていることに気づきます。
セールスマンは到着の直前、巨大な手が宇宙船を掴んでいるのを目撃します
「腕時計のバンドは最大にひろげても、その指にすらはまらない」と、分かってしまった。その惑星は巨人の住む星だったのです。

よく見ると、彼らは全く建設なんかしていないし、寝そべって耳をかく者もいました。その耳かきこそが、以前発送したあのシャベルでした。

そして物語はラストを迎えます。
重大な考え違いをしていたと気づいたセールスマンは思い出しました。
積んできた携帯食品のキャッチフレーズは、「温かい食事が、どこでもすぐに」
宇宙船を掴んだ巨人はうれしそうによだれを垂らしていました。
考え違いひとつで、セールスマン自身が巨人の「温かい食事」になってしまったという話でした。

感想

私はこのセールスマンが結構面白いキャラクターだと思っています。
人間の想像を簡単に超えてくる未知の宇宙にすら臆せず、自分の強みである「商売」を武器に「ぼろもうけ」する貪欲さと気概
最後には結局、その人間の想像を簡単に超えてくる未知の宇宙によって消える呆気なさ
「人間」そのものを象徴しているようです。

ラストシーンでのセールスマンの感情が全く描かれていないのも面白いです。
巨人の手に掴まれて「きもをつぶした」後から、携帯食品のキャッチフレーズを確認するラストまで、セールスマンの感情に関する記述は特にありません。

これから先のことを考えるとむごいシーンと言えなくもないですが、あえて感情を入れないことで「逆に冷静になってしまった」ことを表しているかもしれないし、
徹底して淡々と描くことで、あまり重々しく感じさせないようにしているのかもしれません。
どちらにせよ、後味を苦くも甘くもなく「残さない」ことで、クリアな思考で次の話を読むことができ、私はその感覚が好きでした。


「見失った表情」

あらすじ

個人的に、好きなセリフが多かったのはこの「見失った表情」です。

整形美容院を営むキーラを、学生時代の友達であるアキコが訪ねるところから始まります。
アキコはあるお願いをします。
それは、「表情操作機」を取り付けてほしいということでした。
この世界では整形をすることが特別ではありません。更に言うと、整形後の顔を知り合いに送る文化まであり、多くの人は整形によって美しくなっています。
反面、多くの人が美しくなったため、魅力の差別化が難しくなった。
そこで生まれたのが「表情操作機」です。
取り付けた医師は罰金といういわゆる「違法」なものですが、密かに取り付ける者は後を絶たないそうです。

アキコが「表情操作機」の取り付けをしたい理由はもちろん、「男性を惹きつけるため」でした。
大学で彗星について専攻し、仕事でもつい最近まで宇宙で暮らしていたアキコ。
結婚適齢期であるアキコは宇宙で5ヶ月間、1人で暮らすことで孤独をより強く感じ、家庭を持ちたいと願うようになったのです。
アキコはキーラを説得し、強い思いにキーラが折れました。
施術が終わり、アキコは試しに鏡の前で「表情操作機」のダイヤルを「微笑」に変えます。
すると、自分で見たこともないような上品で魅力的な微笑を浮かべた自分が映っていました

礼を言って、さっそく街に繰り出すアキコ。
表情操作機のおかげで、数々の男性たちを魅了しました。
そんな中、学生時代の友人であった男性と再会します。
接する中で学生時代より魅力的になった彼のことを好きになったアキコ。
「表情操作機」を駆使して、彼を落とそうと必死になります。

彼に促されて座ったベンチで語り合い、後もう少し、というところで、急に「表情操作機」が効かなくなります。
動揺するアキコ。そこで、「僕のことで話したいことが」と彼が切り出します。
実はその彼は、「表情操作機の摘発係」であり、座っているベンチは「強力な探知機」だったのです。
アキコは事実を知って思いきり泣きました。

ですが数日後、彼は本当に結婚を申し込んできたのです。
摘発係をやることで「完璧な泣き方」ばかり見てきましたが、アキコが素直に、ありのまま泣いたことで心が動かされた、とのことでした。
結婚できたのは装置のせいなのか自分でもわからない。でも、
「いまは、とても幸福なのだから」という言葉でラストが飾られました。

感想

設定の面白さはもちろん、私がこの「見失った表情」で注目したのはセリフは2つあります。
まずは1つ目。
「彗星って、近くにゆくと、どんな感じなの」
そうね。今まで降りつづいていた雪が一瞬、降るのをやめたような感じよ。白い小さな粒が、どこまでも限りなくただよっているのよ」(本文より引用)

小型宇宙船に乗り、調査のために彗星を調査したアキコの台詞です。
私はこの台詞を初めて読んだとき、一瞬、時間が止まったように感じました。
情緒的な文章で心揺さぶるよりも、淡々と簡潔に状況をえがくことが多いこの作風の中で、ひときわ美しい表現だったからかもしれません
地の文の中で説明するのではなく、実際に彗星に行ったアキコの口から語られることで、一層美しさが際立っているように思います。

私は北海道に在住していますので、雪がとても身近です。
激しい風に煽られて吹き付けてくる雪も、徐々に雨に変わるようなみぞれ雪も、音もなく真夜中に降るさらさらの雪も、すぐに脳内で思い浮かべることができます。
だから、この台詞の中の「今まで降り続いていた雪」は、きっと静かだったのではないか。私は、思わずそう感じたのです。
現実でも、降り続く雪が一瞬止む時の静けさは「宇宙」に居るようだと感じます
「見失った表情」は一見、恋愛に関する話ですが、本質は宇宙そのものなのではないかと思ってしまうような説得力に溢れた台詞です。

2つ目に注目したのはこちらです。
「宇宙に出ると、孤独を感じるのよ。見える物といったら、彗星のほかには、太陽、地球、それに静かに光りつづける無数の星々。眺めは美しいけれど、それにともなって、時間というものを、とても強く感じるの。変化しているのは、あたしだけですものね。地上では時計がわりに星座の動きを見上げるけど、宇宙では自分が時計になってしまうのよ。星座も動かず、太陽はいつも同じようにぎらぎら輝き通しで、夜と昼の移り変わりがないのよ。あたしは、いそがしく動く時計なの。あたしだけがこの宇宙の中で、時の流れに乗って、としとって行く気がするのよ」
そこで、自分のほかにも、変化してくれるものが欲しくなるのよ。──以下、後略」(本文より引用)

すごく納得のいく言い分だと感じました。
前半、アキコは(報酬は払うものの)キーラに対し、バレたら罰金だというのに、手術を頼み続けていました。
なぜそこまでして表情操作機が欲しいのか?
それについてはずっと疑問だったのです。
でも、この台詞で分かりました。
個人的な意見ですが、
自分だけ時が進んでいるような感覚とは、「全人類が滅亡したのに自分だけが生き残ってしまった」感覚と近いのではないかと思います。
そんな孤独を目の当たりにしたら、誰だって「自分のほかにも、変化してくれる」存在を求めたくなるのではないでしょうか。


まとめ

ここまで、3つのショートショートを紹介し、感想を書きました。
本当はもっと紹介したい話がたくさんありましたが、また別の機会に行いたいと思います。

誰もがいちどは考える「異星人」の存在を、当たり前のものとして淡々と描写する「ようこそ地球さん」。
このタイトルも、異星人、もしくは宇宙そのものから、地球人に対する言葉のように思えます。
宇宙のどこかで起こったことを書き記した「日記」のようにも思える本作は、読めば必ず心に残るお話がひとつはあるはずです。
ぜひ、手に取って読んでみていただけたらと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!