たまたま読んだ本028 自伝小説 「トレバー・ノア」生まれたことが犯罪!?肌の色が問題。白人?黒人?カラード? 言葉がつなぐ。
白人と非白人の人種隔離政策、アパルトヘイトが存在していた南アフリカ共和国。白人より5倍以上も多い黒人は、はじめオランダに征服され奴隷とされた。その後英国の支配により、オランダ人は奥地へ追いやられ、アフリカにすむ白人住民、アフリカーナとして独自に生きてきた。元々の現地の黒人は、部族が多く気質も言語も違う。英国は部族間対立をうまく利用し、分離、隔離統治し、黒人の人権を無視するアパルトヘイトを推し進めた。
公用語も英語、アフリカーンス語、ズールー語、コサ語など11もあり、その他数十の部族の言語があった。一番多い黒人ズール族は好戦的だったが、コサ族は、白人の言葉、英語を学び、意思疎通を図ることで生き延びる作戦を取っていた。ネルソン・マンデラもコサ族だ。
コサ族の一人の黒人女性、パトリシア・ノンプイセロ・ノアは、3つの教会に通うほどの筋金入りのクリスチャンだった。したいこと、すべきことは、身の危険を顧みず実行する行動力を持っていた。なぜなら神様がついているから最強だという信念があったのだ。
黒人の居住地区から、黒人が住むのは違法の都会、ヨハネスブルグに出てきた彼女は、公衆トイレに隠れて寝どまりし、街中を歩き回っても怪しまれないメイドの格好で過ごした。アパートを貸してくれる白人男性の紹介を受け、ドイツ人男性名義でアパートを借りることができた。
当時、黒人は、男性なら農場か工場、鉱山で働いた。女性は工場か、メイドとして働いた。でも彼女は、料理は下手だし、白人女性に1日中指図されるなんて耐えられそうになかった。
彼女は秘書養成講座でタイピングのクラスを受講した。まず雇ってもらえない。オフィスで働く黒人なんていなかった時代だ。
反骨精神の塊だった彼女に幸いしたのが時代の流れだった。国際社会からの抗議を和らげるためにタイピストのような下級事務職にわずかながら黒人を雇入れるようになったのだ。
みんなが、ほかのみんなから監視されている、と思っている社会。都会にひとりで暮らし、誰にも信用もされす、誰も信用できなかった彼女は、この人なら大丈夫、と思えるある人物と過ごすようになっていった。ドイツ系スイス人の男性、ロバートだ。
彼女はある日、子供を産むことに協力してほしい。精子だけ提供してくれたらいいから。自分の子供が欲しいの。産むならあなたとの子がいい。あなたには一切義務はない。話をする必要も、養育費を払う必要もない。子供をもうけさせてくれるだけでいいからと熱心に口説いた。
彼女にとって、この男性が家庭を持つことに気乗りしないことも、そうすることが法律で禁じられていることも、魅力的だった。欲しいのは子供であって、自分の人生にあれこれ指図してくる男じゃない。
こういう女性。実際に日本にもいる。結婚はしないで自分の子供だけが欲しいという女性。子供が人生を支えてくれるのかもしれない。しかし父親のいない子供の人生はどうなる? そこまで考えたのだろうか? でも大人になれば、それまでの苦労や葛藤を乗り越え、お互い支え合う存在になっているという。
こうして、1984年3月20日 白人と黒人の混血児。あまたの法律、法令、規則に違反した子、トレバー・ノアは、生まれたこと自体が、白人と黒人の性行為を禁止した背徳法に違反する犯罪だった。
物語りは、混血児のトレバー・ノアの目を通して、人種差別のある南アフリカのスリルに満ちた人生が生々しく描かれていく。
トレバー・ノアは、後にコメディアンとして成功し、アメリカで活躍するだけに、文章はユーモアに富んで、差別の現状を面白おかしく、どんなふうに生きてきたかを臨場感溢れるように描いていき、ぐいぐいと物語りに引き込まれていく。
アメリカでは、黒人の血が少しでも人っていれば黒人とされたのに対して、南アフリカの混血は、黒人でも白人でもないカラードとされた。カラード、黒人、白人、インド人での人種登録を義務づけられていた。中国人も黒人に、日本人は名誉白人に分類された。
白人と黒人の混血児として生まれたトレバー。肌の色は薄く、学校に行っても、留置場に入っても、黒人でもなく、白人でもなく、いわゆるカラードでもなく、存在自体が犯罪の証で、父母、どちらの親とも外で一緒に歩けない。幼いころは家に隠れて育ち、中途半端な存在としてその立場に苦労してきた。
そんな状況を助けたのが、言葉だった。言葉にはアイデンティティや文化が伴う。トレバーは、育った環境から、黒人の複数の部族の言葉、白人のアフリカーナの言葉、もちろん英語も話せる。人は肌の色以上にことばで、相手が何者かを判断するのだ。同じ言葉を話せば、肌の色は違っても自分たちの文化を理解していると受け入れてくれる。そこに気持ちのつながりが生まれるのだった。
子供が育つ中でも、かあさんのパトリシア・ノンプイセロ・ノアの断固たる判断力と信念のような強い意志力、そして行動力には感銘さえ受ける。
トレバーは、かあさん、混血児を産んだらどうなるか。考えていない。
単にしたいことがあって、その方法を見つけ、実行に移したのだ。普通だったら相当の覚悟がいることも、さらりとやってのけるような、怖いもの知らずなところがある人だった。
どこにでも行けるし、なんでもできる、
そんなふうに育ててもらった。
この世界は好きなように生きられるところだということ
自分のために声をあげるべきたということ。
自分の意見や思いや決心は尊重されるべきものであること。
かあさんはそう思えるようにしてくれた。
と語る。
6歳の時、ネルソン・マンデラが釈放され、アパルヘイトが終り、混血児もやっと自由に暮らせるようになった。
だが、白人に代り、どの黒人が統治するのかで黒人同士の暴動が起こった。そして黒人の失業者が多量に発生した。技術も知識もない、今まで奴隷状態だった黒人が働ける仕事がなかったのだった。
かあさんは自動車修理工の男と結婚した。しかし、とんでもない危険な男だった。かあさんは頑固で自立心が強いけど、与え返す女性だ。与えて与えて与えまくるのが、生まれ持った性質なのだ。ある日、かあさんは尽くした夫から銃で撃たれてしまう。
さて、結末は?
アパルトヘイト時代の南アフリカ。白人と黒人の性行為を禁止した背徳法や黒人の部族間の違いや白人とアフリカーナ、混血児の生活、部族の対立、社会の様子が描かれ、どんな時代でも、どんな時でも、生きて行く人間としての知恵が、現代日本の我々にもユーモアとともに勇気や自信を与えてくれる。翻訳も読みやすい。
出版社:英治出版
発売日:2018年5月7日
頁 数:408頁
定 価:1,980円(税込)
著者プロフィール
トレバー・ノア(Trevor Noah)
コメディアン。1984年、南アフリカで黒人の母と白人の父の間に生まれる。アパルトヘイトだった当時「生まれたことが犯罪」だった。
2015年にアメリカの人気風刺ニュース番組「ザ・デイリー・ショー」の司会に就任。2016年の大統領選ではその切れ味鋭いユーモアで大きな注目を集める。2018年にはグラミー賞のプレゼンターも務めた。
翻訳
齋藤 慎子(さいとう・のりこ)
同志社大学文学部英文学科卒業。広告業界で主に海外向けの企画制作と他国語編集に従事。その後、オーストラリア、スペインで企業内翻訳などを経て、フリーランスの翻訳者。スペイン在住。訳書多数
トップ写真:クレマチス