Hip Hopの4大要素〜グラフィティ編〜
昨今のフリースタイルラップバトルの流行により老若男女にHip Hopの「一部」が広く認知され始めているが、Hip Hopは決して音楽の一ジャンルではない。MC(ラップ)、DJ、ブレイクダンス、グラフィティの4大要素から構成される「文化・芸術的要素の総称」なのである。今回はKRS-ONE著書の「Gospel of Hip Hop」と、小林茂雄 著書の「街に描く 落書きを消して合法的なアートをつくろう」、その他論文数点に基づき、「グラフィティ」を解説する。
近年Banksy※1の絵画が約1億5500万円で落札された直後、シュレッダーで裁断され、メディアで大きく取り上げられたことにより、更に価値が上昇したことで話題となった。このBanksyもグラフィティ・アーティストとして世界的に認知されている。
<Banksyのイスラエル・パレスチナ間の壁画>
では、そもそもグラフィティとはなんなのだろうか。
グラフィティとは、直訳すると、街に描かれる「落書き」を総称した行為である。学術的に落書きとは、「道路、公園、広場、建造物、の外壁など、公共性の高い場所に、塗料等でかかれた文字や図形的なもの、およびそれを描く行為」※2であり、1990年代~2000年代にかけてヒップホップ文化がアメリカから日本へ入り始めるとともに、都市部を中心に落書きが顕著になってきた。
<サンフランシスコのアメーバ・レコード横のグラフィティ>
Hip Hop好きの視点からでは、グラフィティを非合法的な街の落書きと認識している一方、落書きを単なるバンダリズム(破壊行為)としてではなく、エアロゾル・アート(Aerosol Art)として芸術的表現方法・社会的主張と捉えているものも存在する。しかし、社会一般的には単なる「落書き」としか見られていないことは言うまでもないだろう。では、その「落書き」は、落書き被害以外にどのような被害をもたらすのだろうか(以下グラフィティを、落書きや、壁画、エアロゾル・アートとして表現する)。
George Kellingが提唱した「割れ窓理論(Broken Window Theory)」※3でも述べられているように、落書きは他の落書き加害者及び潜在的落書き加害者の、汚すことに対する心理的抵抗を小さくし、落書きを描きやすい状況を作りだす。結果として、小さな一つの落書きが呼び水となり、その周辺が落書きで蔓延されてしまうのである。落書きの増加により、その地域の人々は次第に環境維持活動を放棄し、ゴミの放置などの環境の悪化が連鎖的に起こり、他の反社会的な行動や凶悪な犯罪を引き起こしやすい状況を作り出してしまうのである。
<落書きによる被害拡大図(筆者作図)>
このような問題に加え、落書き被害者には落書き除去作業が発生するといった問題や、ある程度広範囲にわたって落書きされた場合、対応は個人ですべきなのか、町内会・自治会が対応すべきなのか、行政の対応が求められているのか、管理の主体があいまいになりがちになるという問題も挙げられている。
落書きは、違法行為として一括りに見られがちだが、落書きには非合法的なものと合法的なものとが存在する。非合法的な落書きは4つのタイプに種別される。多数の他者に見せることを意図した①表現型、観光地などに訪れた際の記念としてたわいもない気持ちで、他の落書きに触発され描かれた②記念型、公衆トイレや選挙ポスター等にいたずら目的で描かれた③いたずら型、縄張りを示したい、目立ちたい、反社会的な態度がかっこいいという感情を顕示した④縄張り型の4タイプである。このような非合法的落書きは、その大部分が粗悪で暴力的なものであり、放置により新たな問題を引き起こすバンダリズムの一つとして捉えられている。
<表現型>
<記念型(万里の長城)>
<いたずら型>
<縄張り型>
一方、中には手の込んだ絵画のようなものがあり、芸術的に質の高いもの、政治的メッセージを含んだものも存在し、ヒップホップ文化の代表的提唱者であるKRS ONEを筆頭に、落書きをエアロゾル・アートとして芸術的表現方法・社会的主張と捉えているものも存在する。このように落書きは、芸術的・社会的パフォーマンスと犯罪の間を揺れ動いており、扱い方・捉え方次第では景観美化や地域活性化にも役立たせることができるのである。次に述べる合法的な落書きは、こういった落書きのプラスの側面に着目した取り組みである。
合法的な落書きは、①表現の場の提供、②パブリックアートとしての壁画、③落書き防止対策としての壁画の3タイプに種別される。
①表現の場の提供は、「真剣にアートに取り組んでいるにも関わらず発表する機会に恵まれない人たちに、建物の壁画などに高い技術で絵を描いてもらい、アーティストの要求と建物所有者の要求を満たそうとするもの」※4である。主な例は渋谷センター街に位置する宇田川パークビルの壁面グラフィティである。若者が集まりやすいこの地では違法な落書きをされる可能性が高く、違法な落書きを防止するために、建物のオーナーが壁を若手グラフィティーティストへ提供し、ビルの壁面全体にグラフィティを描かせた。
<NORIKIYOの壁画@渋谷シスコ坂>
注:NORIKIYOとは、神奈川県相模原市を代表するラッパー。
②パブリックアートとしての壁画は、「都市空間にアートとしての壁画を出現させることで、文化的な価値を与えるという目的」※5で取り組まれたものであり、殺風景なトンネルの壁面や公園内の壁面に描かれるもの、または街全体をアートの舞台にするプロジェクト等も存在する。
<多摩川アートラインプロジェクト>
③落書き防止対策としての壁画は、「壁画による景観美化や地域の活性化を期待すると共に、無地の壁面よりも絵が描かれた壁面の方が落書きすることへの抵抗感が大きくなるという、落書き犯の心理を踏まえたもの」※6である。実際に、制作された壁画の上には、落書き被害がなくなる、もしくは減少すると報告されており、その効果は実証されている※7。また、上述した点に加え、参加者への美術教育、商店街などの地域活性化、地元住民と協働する場合、落書き問題に対する地域の意識や愛着感の向上が長所として挙げられている。
<落書き防止対策としての壁画>
以上のように、落書きをただ除去し壁面を無地にするだけでは落書きの再発の可能性が高く、Hip Hopのグラフィティを含め、芸術性の高い壁画が景観保護、地域活性化を促進し、地域社会を「環境的調和」へと動かしている事実も、見過ごしてはならない。
【同記事はアメブロに投稿した記事の再投稿である】
https://ameblo.jp/lit-hiphop/entry-12442463356.html
※1:Banksyとは、イギリスを中心に活躍する覆面グラフィティ・アーティストであり、紛争地など深刻な社会問題に対するアンチテーゼ的プロパガンダ調のステンシルアートの技法で著名。
※2:武田尚子(2003).「落書き問題と地域社会の対応−地域空間の管理をめぐって−」.『ソシオロジスト』, 5, 49-66 (p.51).
※3:軽微な犯罪から凶悪犯罪まで、治安が悪化するまでの経過をまとめ、犯罪防止するための環境犯罪学理論。
※4:小林(2009, p.122)
※5:小林(2009, p.122)
※6:小林(2009, p.141)
※7:
・小松敏五(2016). 『落書き防止対策(壁画制作)について』
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000647915.pdf(2017/11/08)
・Craw, P. Leland, L. Bussell, M. Munday, S. & Walsh, K. (2006). The Mural As Graffiti Deterrance. Enviornment and Behavior, 38(3), 422-434.
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