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わたしの珍職業:探偵(失敗編)



今思うと不思議でしょうがない…どうしてアレができなかったのかと。

探偵事務所でやらせてもらっていた業務のほとんどは、問題なくこなせていた。

特に尾行や工作は得意だったし、100%の成功率でしたの。

でもアレだけはどうしても下手で、先輩探偵によく怒鳴られていたっけ。

それは…

文章でのカウセリングと、たわいもないメールでの会話。

たまーに電話がかかってくるくらいで、依頼の9割以上はメールでの問い合わせだった。

送られてくる問い合わせ内容はたとえばこんな感じ。

気になる女性がいます。何とか付き合いたいのですが力を貸してもらえないでしょうか? 彼女とは同じ職場で色々と相談をされたりしますので、信頼はされているかと思います。 ただ彼女には好きな男性がいるので、どうしたらいいのかわかりません。

この文章から状況をくみ取り、私達に依頼すると彼女と付き合えるかもしれない…という希望を持たせる返信をつくらないとなんだけど、わたしはメール作成がヤバいくらい下手だった。

「よし、この依頼人のメールお前が返信してみろ」

「いいか、こういう奴はうちだけじゃなく、他社にも問い合わせてるからな」

「他よりも惹きつける内容じゃないとスルーされっぞ」

先輩探偵の圧を感じつつメールを読むも

…で??好きですって告白したらええやん。

こんな思考になっちまう。

ま、それを言うとThe end…ですわな(汗)

やばいぞ…。何て返信すればこの人の気持ちをグッと掴めるんだろう。

じーっと画面とにらめっこ。

「1時間経ったぞ。もう返信は書けたか?」

先輩探偵がわたしの席にきて画面をのぞき込む。

この度はお問合せありがとうございます。

「おい!お前この1時間で書いた文章たったこれだけかよ!?」

「一体ここで何やってたんだ??」

ごもっとも。

でも何を書いていいのかわからなかったんだ。

相手がどんな返信を望んでいるのか少ない情報からでも察知し、素敵な言葉をかけないといけないのに、アイデアが全く浮かばない。

そもそもわたしは自己中でワガママ。

こうしたら相手が喜ぶだろうなんていう、思いやりの心が一切ない。

いつも自分が1番。

他人に興味もない感情が欠落した人間。

それが20代の頃のわたし。

今はマシになっていると思いたいけど、あの当時は本当に酷いやつだったと自覚している。

そんなだから相手が求める答えが何なのか頭で考えてもわからなかった。

「すみません!どう書けばいいかわからず…」

「…お前なぁ、それでもちょっとくらい何かあるだろうがよ!」

「もう、そこどけっ!」

先輩探偵に押し出されて席を立つ。

「まずは相手に同調する。で、うちならこんな提案ができるぞって書くんだよ」

前職は名の知れた会社で企業のコンサルタントをしていたエリート、それが先輩探偵。

ブラインドタッチを駆使して、すらすらとメールを書き上げる。

「ほらよっと。こんな感じでいいんじゃないか?」

うわぁ…アドバイスを挟みつつ、端的にまとめられていてわかりやすい。

それでいて程よい親近感。


「ここに依頼したらうまくやってくれるかも。そんな気になるメールですね!!」

「感心してる場合か。これくらいちゃちゃっと書いてもらわないと困るよ」

いくつも先輩探偵のメールを見て、なるほどこう書けばいいのか!なんて思うけど、実際自分で書けと言われると、やっぱりアイディアが出てこない。

先輩探偵のメールをそのままコピペした日には

「あのさぁ、問い合わせの返信としてこの内容は的を得てるかよ?」

「前回先輩が返信した人と似たような依頼内容だったので、これでいけるかと思ったのですが…」

「お前さ、ちゃんとメール読んでる?相手がどうしてほしいかを考えないとダメじゃん」

「すみません…」

相手は何を望んでいるんだ??

それがわかったら苦労なんてしないよ。

結局退社するまでの1年間、メールの返信で合格が出たことは1度もなかった。

もう1つ苦戦したのが、自分から女の子と仲良くなること。

そもそもわたしは社交的ではないし、人見知りなんだ。

自分から話しかけて友達を増やす陽キャラではなく、話しかけられるのをこっそり待つ陰キャタイプ。

女子特有のキャピキャピした付き合いも苦手だし。

だからターゲットの女の子と仲良くなり、情報を聞き出すという工作には手こずった。

「よし、ターゲットと歳が近いから、接触はお前がやれ」

「目的はこの女の子と仲良くなって、好きな人がいるのか、どんな関係なのか恋愛事情をうまく引き出すんだ」


接触から番号を聞き出すまではスムーズにできたけど、そこから距離をつめるのができなくて(汗)

「いいか、たわいもないことでもいいから毎日メールしろよ」

「その中で遊びに行く約束をしてもいいし、とにかく仲良くなれ」

先輩探偵から指示を受けるも…

毎日メールって…みんな何話してるわけ?

わたし女友達にも用がない限り連絡しないから、たわいもないメールをどう打つのか意味不明ですけど(汗)

「たとえばおはよう!何してるの?とかですか?」

「もし大して仲良くもないヤツから、いきなりそんなメールきたらお前はどう思うんだ?」

「…なんかキモイですよね…」

「だろ?考えろよ」

いろいろ考えて案を出すも

「もっと普通にできない?お前のメールぎこちないんだよ」

「女友達にどうでもいいようなメールするだろ?女ってそういうの好きじゃん」

「すみません…わたし用があるときしか連絡しないので、よくわからなくって…」

先輩探偵はやいやい言いながらも面倒をみてくれたし、ぶっきらぼうなところはあるけど悪い人ではなかった。

でも「こんなこともできないのかよ!」

そう言われる度に、SODでヘアメイクをしていたとき上司から言われた

「お前ってなんにもできないじゃん。ゴミかよ」


この言葉がフラッシュバックして、自己嫌悪に陥った。

あぁ…やっぱわたしってダメなんだ…。


これが探偵時代わたしが経験した失敗。


歳のせいなのか、モデルマネージャー時代に培った経験のおかげかわかんないけど、今では情報の少ない問い合わせメールに対してもそれなりの返信は書けるようになった。

ただプライベートではたわいもないメールは相変わらず苦手だし、”ほー”、”なるほど”とかそっけない返事になっちゃう。

別に悪気はないけどなんて返せばいいのかわかんないし、これが自然体なんだよね。

ときどき思う。

今あの頃に戻ることができれば、わたしは依頼人の気持ちを掴む返信を書けたのかなって。

やり直しはできても、時を巻き戻せないのが人生。

わたしはこの先、過去の自分にあと何回後悔するのだろう。

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