伊東純也の甲府時代~光る原石と甲府サポーターの罪滅ぼし~
2016年ホーム柏レイソル戦。柏の選手紹介で伊東純也の名前が呼ばれた瞬間、ヴァンフォーレ甲府のゴール裏からは大ブーイングが響き渡った。
当時サポーター歴3年目だった私は、甲府から移籍した伊東純也選手にブーイングをする意味がよくわからなかった。メインスタンドで観戦していて「何で?」と思った。
そしてサポーター歴9年目を迎えた今でも、伊東選手へのブーイングに関しては、その意味がよくわかっていない。
大卒ルーキーとして甲府に加入し、抜群のスピードと決定力を武器に「甲府のスピードスター」として存在感を示した伊東純也選手。
しかし1年で柏レイソルへの移籍が決まり、甲府サポーターとしては「もっといてほしかったのに、どうして1年で行ってしまうんだよ」という期待と怒りが入り混じった複雑な感情があった。それが大ブーイングにつながったのだろう。
そういった特別な感情を抱くほど、伊東選手は光り輝く才能があったと言えば聞こえは良い。
しかしそうであったとしても、甲府サポーターは伊東選手を拍手で迎えてほしかった。
その試合での唯一の救いは、試合開始直前に行う両チームの握手の時のことだ。甲府のマスコットのヴァンくんが、緊張した面持ちの伊東選手をぎゅっとハグした。伊東選手も思わず顔がほころんでいた。
今や日本代表選手として日の丸を背負い、世界と戦う伊東選手。
テレビでその姿を見るたび、ゴールを喜ぶたび、甲府サポーターの私はあの柏レイソル戦の大ブーイングが頭をよぎる。
思い出すのは大ブーイングだけではない。その後の対戦では伊東選手の名前が呼ばれてもブーイングも拍手もせず、完全に無視していたことも思い出される(もちろんその対応に異議を唱える甲府サポーターも少なからず存在した)。
今こそ伊東純也選手の甲府時代を紹介させてほしい。
原石であっても、すでに光を放っていた姿を知ってほしい。
それがいち甲府サポーターとしての、せめてもの罪滅ぼしだ。
初めての地上波登場
2015シーズンの新体制発表会見。その場に伊東選手はいなかった。
インフルエンザにかかり、会見を欠席していたのだ。
チームに合流したのは一次キャンプ3日目。
当時、YBS山梨放送のスポーツ番組『山梨スピリッツ』では、クラブスタッフが撮影したキャンプ中の選手の素顔を放送していた。
遅れて合流した伊東選手はカメラを向けられ自己紹介を促されて、こう答えた。
「神奈川大学の? 伊東純也です」
緊張して目は泳ぎ、話し方は舌足らず。笑顔もぎこちなく、スタッフの「硬ぇな」という声が入る。
当時の伊東選手に比べれば、近年甲府に加入した大卒ルーキーの方がずっと堂々としている。
これが伊東選手が地上波で初めて話したシーンだった。
「持っている」プロ初ゴール、ゴールラッシュ
J1リーグ戦が始まり、甲府は第2節で初勝利を挙げたものの、その後は6連敗を喫した。
第8節終了時点で1勝7敗、2得点、17失点。当然J1でぶっちぎりの最下位である。
そのようなどうしようもない状況で迎えたのが、鹿島アントラーズとのアウェイゲームだった。
甲府にとっては負けに行くような試合。鹿島にとってはボーナスゲームだったに違いない。
その試合で、伊東選手は初めてスタメンで出場することになる。
これまでも途中出場で出たことはあったが、無得点に終わっていた。
しかし甲府サポーターの期待値は高く「何かやってくれるんじゃないか」という予感は確実にあった。
前半から持ち前のスピードで鹿島のディフェンスラインを突破してシュートを放つなど、積極的な姿勢を見せる。
しかし得点は奪えず、逆に鹿島に得点も与えず、両チームともスコアレスで折り返す。
そして後半開始直後、試合が動く。
伊東選手は鹿島のディフェンスラインの裏に抜け出し、味方の浮き球のパスを胸で落とすと、落ち着いて鹿島ゴールにシュートを突き刺したのだ。
初スタメンでプロ初ゴール。しかも常勝軍団鹿島相手に値千金の先制ゴール。
私はパブリックビューイングで試合を見ていたが、周囲の甲府サポーターの喜び方は今までとは違った。今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのような大歓喜だった。
そしてカシマスタジアムで応援していた甲府サポーターは、まさに狂喜乱舞だったそうだ。
試合は伊東選手の一点を全員で守り、1対0で甲府が勝利した。
試合後、伊東選手は初めてのヒーローインタビューでこう答えていた。
「6連敗という負の連鎖を断ち切れたので、ここから……連勝できるように頑張りたいと思います」
あどけなさすら感じる話し方だった。
正直この時はまだ頼もしさはなく、今のような「俺がチームを勝たせる」という気概もあまり感じられず、どこかふわっとしていた。
喜びのつかの間。鹿島戦後は2連敗を喫し、当時の樋口靖洋監督は退任となった。
佐久間悟新監督が就任し、2連勝で迎えたアウェイアルビレックス新潟戦。
その日、伊東選手はベンチスタートだったものの、味方の負傷交代で途中出場。
前半終了間際のスルーパスに抜け出し先制ゴールを挙げ、甲府は2対0で勝利した。
その後のアウェイ清水エスパルス戦でも、味方のスルーパスに反応して相手DFと飛び出してきた相手GKを置き去りにし、無人のゴールへ流し込んだ。
どちらの試合も私は現地観戦していたが、伊東選手がゴールを決めた時、甲府サポーターの歓喜はひときわ大きくなる。
大卒ルーキーがシーズン前半戦だけで3得点という、J1時代の甲府のルーキーとしては輝かしい成績に、甲府サポーターの期待はどんどん膨らんでいった。
「純也が走れば、ボールを持てば、何かやってくれる」。そんなワクワク感が満ちていたのだ。
人気急上昇もマイペース、垣間見せた優しさ
ここから先は
OWL magazine 旅とサッカーを紡ぐWeb雑誌
サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?