若者の日常
電車の窓から光がさしこみ、私たちを照らしていた。
朝5時過ぎに乗り込んだときは、ひと気がなく私たち3人だけの世界のようだったが電車に乗ってから、時間が経つと徐々に乗客も増えてきた。
私たちは電車に揺られながら、ゆっくりと流れる時間を過ごしていた。
「晴歌、朝ごはん食べないの?」
右隣に座っている唯が駅のコンビニで買ったパンを頬張る。
「私はいいや。お腹空いてない」
私は左隣りに眠っている美波を見る。朝が弱い美波は、電車に乗って座席に座るなり夢の世界へと入っていった。
電車の扉が開くたびに冷たい風が入ってきて私たちの身体を冷やしていく。
唯がパンを食べ終えたゴミをカバンに押し込むように入れた。
私たちは、大学の講義を放って、どこかへ行こうとしている。
事の発端は、私の何気ない一言。
『どこか、ここではない場所に行きたいな』
その一言により、大学の友人である唯と美波がのっかった。2人は満面の笑みで『行こうよ!』と言ったのだった。
毎日、学校と家とアルバイトの往復で私の日常はつまらないものになっていた。なんとかそれを変えたくて行動に出た。
3人で遠くへ行こうと決めて、あてもなく電車に乗りながら車窓を眺める。
特に行き先は決めていない。
明確な目的もない。
ただ私たち3人ならどこへだって行けると思った。
いつも使っている路線はとうに過ぎていて、乗り換えもした。
そしていつもの朝のラッシュがやって来た。美波も人の騒々しさを感じて、目が覚めたようだ。
「おはよう…」
「おはよ、美波。よく眠れたみたいだね」
目をこすりながら美波はうなづく。
「あんた、昨日の夜は何時に寝たの?」
唯は私を挟んで美波に声をかける。
「昨日は、夜の1時ぐらい…?」
「1時!」「あんた、1時って。朝弱いくせに」
私と唯は同時に言葉をもらす。
「なんかさぁ、今日が楽しみすぎてよう眠れんかった」
美波はへへっと笑う。
私たち3人はお互い性格は違うけど、なんとなく波長が合って仲良くなった。
その波長がどういうものか言葉では言い表すのは難しいけれど、私にとっては大切な友人だ。
「結局どうする?どこかで降りる?」
唯は周りを見渡し様子をうかがう。
「晴歌はここではない場所に行きたいんでしょ?」
2人に見つめられて何も言えなかった。特に行くあてもなく、ただ電車に揺られているだけ。
私はどこへ行きたいんだろう。
電車はトンネルに入り、少し暗くなる。
「うぉお!トンネル!」
唯は小学生みたいにはしゃぐ。
やがてトンネルを抜けると、光がさしこみ綺麗な海が車窓いっぱいに広がった。
「うわぁー、すごい綺麗!」
思わず感動してしまう。
私たちが住んでいる街では海が見えない。こうやって、遠くへ行かないと海を見ることができないような辺鄙な街である。
「次の駅で降りようよ!」
私は両隣にいる唯と美波に声をかけた。
「うん!いいね!」「よっしゃ!」
各々、目の前に広がる海に感動したらしい。
無人の駅を出ると、すぐに砂浜と青い海が広がる。
「こりゃ、たまらん…」
唯は広がる青い宝石に悶絶していた。
太陽に反射して海がキラキラと光っていた。
平日の昼間なこともあって、来訪者は私たちだけだった。ましてや冬の海は誰も入りにこない。
「ひゃー!砂浜気持ちー!」
唯は靴と靴下を脱いで、砂浜に足をうずめていた。
この寒い中、よく足をさらせるなぁと感心してしまう。
「あ!貝殻だ!」
美波が腰を落として足元の貝殻を拾い、私に見せてくれた。白いその貝殻は美波にとっても似合っていた。
「綺麗だね」
「うん」
「見てみてー!こんなでっかいのもあるー!」
唯も大きな貝殻を見つけて私たちに見せる。
「それはでっかいなー」
思わず私も驚くほど大きな貝殻だった。これはおおらかな唯に似合うと思った。
私も自分にときめく貝殻を見つけようと思った。
砂浜を歩きながら、ゆっくり目をこらす。
するとほんのりピンクがかった可愛らしい貝殻を見つけた。
これだ!と思った。
指でそっと拾い上げ、唯と美波に見せた。
「宝石みたいやぁ」
「可愛い貝殻だね」
私はこの貝殻を見つけることができて十分に満足だった。
「これにさ!名前書こうよ!」
美波の提案で各々拾った貝殻に自分の名前を書いた。
用意周到の私がペンを持っていたからできたことだった。
二人は書き終えると、内緒のアイコンタクトをして私に貝殻を差し出した。
「はい!」「どーぞ!」
「?」
私は一瞬よくわからなかった。
「私たちの貝殻、晴歌にあげるから。晴歌の貝殻と一緒にいつも持ってて」
美波が私の手の中に貝殻を押し込む。同様に唯も私の手の中に押し込む。
「今日の思い出と、これからの晴歌のお守りだよ!」
私は嬉しくなって二人を抱きしめた。
「ありがとう…」
そう小さくつぶやいた。
帰りの電車では3人とも眠ってしまった。
揺れる電車をよそに、私のコートのポケットには貝殻が3つ。
唯と美波と私。
それぞれの貝殻がそこにはあった。
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