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インフルエンザにかかりました。

数年ぶりにインフルエンザになりました。
ウイルス性の風邪がここまでしんどいとは、、すっかり忘れておりました。

寝ていることしかできず、楽しみにしていた春分の日(宇宙元旦)のイベントにも参加できず落ち込むこともあれば、
久しぶりの高熱、気怠さ、喉の鋭い痛みや止まりそうにない咳も、このタイミングで起こるなんてきっと大浄化だ!なんて前向きに捉えたりする自分もいて、
体調のみならず、メンタルのアップダウンも激しいです。笑

周囲の方にしばらくお休みしなければならない旨を伝えると、
「ゆっくり休んでね」
「食材送ろうか?」
「何かできることがあればいってね」
なんて暖かい言葉をかけてくれる方ばかりで、いつも以上に染み入ってます。


別件でLINEのやり取りをしていた母にもインフルなったことを伝えると、
「大丈夫?ちゃんと食べれてる?食べ物送ろうか?ちゃんと水分とって暖かくして早く寝て(以下省略)」と、お決まりの"お母さんメッセージ"を受信。

さらに続けて一通のリンクが送られてきた。

きっと『体調が良くない時の体にやさしい料理のレシピ』でも送ってくれたのかな?
なんて思いながらリンクを開いたら、志村けんのコント動画(バカ殿)だった。

、、、ん?あ、間違えたんかな?と思ったのも束の間、
「これ見て笑って免疫力あげてね!!」と追いメッセージ。

なんかもう発想が斜め上にいきすぎて笑いました。

体調不良を心配されるのも嬉しいけれど、案外普通にしてもらった方が”病人の自分”を一瞬忘れられて有難いなあと感じた瞬間でした。
体がしんどい時って、笑うことすら忘れてしまうからね。
「笑いは最高の薬」を心得ている母に感服しました。

母よ、ありがとう。




そして、もう一つ気付いたこと。

体調不良で寝込んでいて、どうしても何もできない状態のとき、
さも自分の時間だけ止まっているような気分になる。
周りから置いて行かれているような感覚や、遅れをとってしまうのではないか、迷惑をかけているのではないか、そんなふうに休むことへの罪悪感を感じたことが今までに何度かあった。

そう、体調の悪さ同時に、”気分の悪さ”も感じている状態だ。

そもそも「体調が悪い」と「気分が悪い」は別のもの。
単に、体のコンディションが悪いということだけで済んでいたのが、自分を責めることによって気分も悪くさせているのだ。

『動けていない自分に価値がない』とか『健康でいなければいけない』といった自分の中の決めつけには、いつも”自分”と”自分以外の誰か”が存在し、比べているということに気がついた。
『世の中の動けている他人と、動けていない自分』、『世の中の健康な人と、体調不良の自分』を比べて判断している。

過去の自分と今の自分を比較するときも同じで、
例えば、「昨日までの最高のコンディションの自分はOK」だけど「今日の最悪なコンディションの時の自分はダメ」など、
どこか”条件付きの愛”で自分を見ているのではないかと感じた。

最悪なコンディションの時こそ、『最悪なコンディションの中にいる自分が最高!』そんなふうに思えることができたら、”無条件の愛”で自分のことを見てあげられるようになる。

そのためには、誰と比べることもなく、
【今この瞬間、自分の存在状態を全方位OK】にしてあげることだと感じた。

そうすると最低な実感も最高なんだってことに気付ける。
なぜならその体験がなかったら最高もわからないはずだから。

きっとこれから先ずーーーっと健康体でいるなんて無理だと思うからこそ、
体のSOSを感じた時は、罪悪感を抱くことなくゆっくり休んで、しっかり労われるような自分でありたいな。

皆さまもお身体ご自愛ください。


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